17.戦場跡の探索
「おのれ、これが人間のやることなのか」
撤退が完了しつつある中、トゥルイ首席千人隊長は少数の部下をつれて街と草原を望んでいた。今や赤く染まった草原は血と硫黄の臭いで充ちており早くもハエがたかってきている。死体となった部下を見降ろす。「すまない」と声を掛けるが当然返事はない。
「まともに埋葬も出来ないとは卑劣な手を使うものだ。なんとしてもこの敵を取らなくては」
ようやく陽が傾きつつある中、トゥルイは独語する。
何かを探している部下に声を掛ける。
「どうだ?見つかったか?」
部下は万国共通の否を表す首振りをした。
「もうやめましょうよ。死体を漁っているようにしか見えんですぜ。城壁からも近いし、いつ俺たちもこうなるかわからんですぜ」
七つも上の階級のトゥルイに対して非常に無礼な物言いだったが、言った方も言われた方も気にしていない。
「文句を言うな!俺だってこんなこと妻を泣かせるほどにやりたくないさ。だがお前たちも見ただろう?やつらは新兵器を使ったのだ。どんなものかは想像もつかんが・・それを見つけるまでは帰らん!」
「うげ~!鬼将軍!」
ライルから敵新兵器の回収を命じられたのは良いが、この死体の山で捜索するのは骨だった。しかし、トゥルイも見たのだ。爆発が起きる前、城壁から無数の球体が飛んでくるのを。その球体が散乱したかと思うと、視界が吹き飛んだのである。反射的に新入り部下を庇ったので背中は焼け爛れてしまった。
その部下から悪態をつかれていたのでトゥルイのモチベーションは下がる一方だった。幸いなことにまだ使命感が勝っていたが。
「貴様、命の恩人に対して随分ないいぐさだな。次は助けん。ついでに戻ったら俸給は減額だ」
「うげ・・・やっぱ鬼だわ」
無礼な部下、フレッグ・アフマドは明らかにやる気のない表情で返した。軽薄な言動が目立つ若者であったが、卓越した乗馬術、格闘術、棒術を持ち合わせており、戦闘に関しては誰からも認められていた。無論それがなければただのチンピラでトゥルイの寛容な態度はかなり変更を迫られるはずだ。
「しかし閣下、この血の海です。何がなんだがかもわかりません。それに、全て爆発した可能性もあります」
丁寧な部下、モンケ・フラテスはフレッグを援護射撃した。まだ若くおよそ兵士には見えない優男だが、戦闘能力もフレッグに劣らず、それ以上に優秀な数学・天文学者として優れた逸材だった。軍と中央政府で激しく獲得合戦が繰り広げられたのは語り草だ。もっとも本人は勤め先を決めきらず、軍には半年の試用期間を求めていた。
「そうだな。だが、最善を尽くすのは兵士の務めだ。あれだけ数があったのだ。一つくらい不発もあるだろう。最初に見つけられたら君の俸給は倍だ」
「ちょっと対応に差がありすぎるんでないですかい?」
フレッグの不平を無視しトゥルイに捜索を再開する。何かブツブツと小言が聞こえてきたが、やはり無視することにした。時間がないのだ。開始から二限(二時間)、成果はない。日が沈めば捜索は中止せざるをえない。夜まで一限もない。影が徐々に伸びてきており比例して焦りも大きくなる。
それにしても、と嘆息する。グランチェの噂は色々聞いていた。数学者のモンケに言わせると、数字の発明は人類史に残る偉業だという。最近達成された世界一周もグランチェ発とされる「アガルタ球体説」が根拠となっている。他、医学の発展、地形の詳細測量法などここ一〇〇年の画期的な発明、発見はグランチェ周辺であるとされる。まさか軍事面でも突出した技術があるとは知らなかった。ライルは極秘作戦を進め、スパイの存在も匂わせていたが、少なくともスパイは今回の新兵器は知らなかったはずである。いや、知っていたら作戦内容は違ったものになっていただろうし、そもそも戦略、戦術を根本から見直す必要がある。
その新兵器を見つけたとして同じものが作れるかもわからないが、必ずなんらかの対抗策を見つけられるはずである。主席千人隊長として、帝国の将来に責任があるものとしてなんとしても見つけなければならない。
「うっ」
亡骸に丁重に手を掛けたつもりだったが右半身が剥がれ落ち、人体の断面が見えた。これまで戦場で幾多の武功を上げその手を血で汚してきたが、引きちぎったようなグロテスクな断面と強烈な臭いも合わさり顔をしかめずにはいられなかった。元に戻し死者を悼んだ。
「隊長~。た~いちょ!!」
軽い声が耳をなでる。訓練時は可愛いものと思っていたが、戦場でも同じ態度を取られていたためお灸をすえる必要を感じていた。振り返り、引きつった笑顔で語りかける。
「そろそろ貴様には礼儀の何たるかを教える必要があるようだ」
縦にも横にも巨大なトゥルイが凄むと迫力満点である。しかし、その迫力はすぐに消えることになる。血にまみれたフレッグの手に探していたものが握られていたからである。
「見つけましたよ。これじゃないですか?」
「これだ!間違いない、よくやったぞ!!」
直前の言動を見事に撤回し、間違いなく城壁まで聞こえただろう大声を上げる。フレッグは「し~」と指を立てるが、モンケも加わり大人二人ではしゃいでいる。周辺を捜索すると、さらに五つ見つかった。近くで見つかったことを考えるとこれを投げた者が何か失敗したのだろうか?
これだけあれば研究材料として十分である。苦労した甲斐があった。一気に疲れも吹き飛び、大股で帰還することができそうだ。
「よし、目的も果たしたし、帰るぞ。二人ともよくやった」
三人ともようやく撤退の準備に入ったが、フレッグは何かを思い出し足が止まる。
「えーと、俺の俸給は倍ですかね?」
トゥルイはフレッグのお尋ねを無視した。




