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15.初めて戦場で火薬が使われた場合とその反応

 エルブルスの合図で一斉に投げ込まれた爆弾はほとんど同時に爆発した。攻城櫓を支えていた兵士たちは何が起こったか分からず絶命した。不幸だったのは致命傷を負ったにも関わらず死ぬことができず意識が有った者たちだった。内臓が飛び出し溢れた腸を抑え込んでいるものいた。頭が割れ、脳みそがただれている兵士もいた。視力が残っていたものは、支えていた攻城櫓がどうなるか見えた。それが彼らが見た最後の光景だった。

 各所で爆発音が聞こえ鮮血と肉塊が飛び散る中、無傷の者も少ないながら存在した。彼らは最初、同僚の死を認識することができなかった。彼らにとって死とはもっと直接的なものだった。剣で刺される。弓矢で射られる。殴り殺される。しかし、今目の前にある死はおよそ現実感のないものだった。城壁側から何か投げられたと思ったら、気づいたらこの惨状。戦端が開かれる前に起こったグランチェでの爆発事故に結び付けられるものはいなかった。


「う・・あ・・・」

「なん・・だ・・こりゃ」


 意味のある言葉を発せた者も精々二言三言がやっとだった。そして立場はまったく違えど現実感の無さに呆けているのは加害者側も同じだった。


「おいおいおい、ちょっと凄すぎだろ」

「うげ~腹ん中見えてやがんの」

「俺、今日飯いらない」


 余裕がある者は思い思いの感想を述べる。

 その場にいない者、つまり城壁より遠く離れている幹部は現場に詳細を求めた。高台からだいだいの様子は分かる。しかし本営が置かれているレイブン伯爵邸は城壁から三キロの距離。よほど目の良い者でも前線を把握することは不可能だった。徐々に報告が返ってくる。どれもまとまりつかないが、効果大という声は一致していた。それならば残党に対する追撃を、と命令が出されるのだが、答えはNoだった。敵の第一陣を完膚なきまでにたたきつぶすチャンスなのに、いまさら何を手加減する必要がある?業を煮やしたある幹部は自ら城壁へ赴き、そしてあっさり命令を撤回することになる。


「とりあえず敵の動向を待ってからでよさそうだ、再攻撃する気力はあるまい」


 彼はイリカ、エルブルスらに報告した後、口を押さえながらトイレへ駆け込んで行った。


「どうしたのでしょう?彼は・・・」


 イリカの的外れな質問に言葉を濁す一同。少し遅れてイリカは自分の失言に気づいた。夏美は小声で悟に耳打ちする。


「戦場は酷いことになっていそうね。イリカさんやレナちゃんには絶対に見せちゃダメね・・」

「夏美さんや僕ならいいんですか?」

「私はこの目で見ておくわ。生き残る覚悟を決めるためにもね」

「そうですか。それなら自分も」

「私も見に行く!!」


 声高く声を上げるレナに驚く。


「え~と、やめといたほうがいいんじゃないかな?」

「そうよレナちゃん?若い女の子がトラウマを抱えるもんじゃないわ」


 効果がないであろう制止を一応してみる。思い立ったが吉日の少女はどんなことでも一度決め込むと動かない。否、突っ走るのである。


「私だけのけものかな?三人で生き残るんでしょ?だから私たちがしたことはこの目で見ておかないと、覚悟だって共有できないじゃない」

「吐くなよ」

「大丈夫」


 戦場を見る覚悟を決めたが、非戦闘員で便乗者はもう一人いた。


「私も行きます」


 驚く一同。今度こそ周りの反対に遭う。


「イリカお嬢様、ひと段落つきましたが、まだ戦闘が終わったわけではありません。危険ですので戦場のことは私たち騎士団に任せてください」

「それならば御客様である守さん達も行かせるわけにはいかないでしょう?」

「もちろん守さん方も視察されるのであれば戦闘終了後にしか許可は出せません」

「私にはその後も許可は出ないのでしょう?」

「・・・やんごとなき御方は御目を汚すことはございません。どうかご自重ください」


 珍しくエルブルスは猛反対している。警備隊隊長マルベスも同様だ。ここで食い下がれば良いのだが、イリカも何かを決意しているのだろう。戦場視察は譲らない。


「正式にはまだですが、私はレイブン家の当主です。皆さんと一緒にこの街を発展させていかなくてはなりません。私はこの街を世界一の都市にすると決めています。この目で歴史を見ずして未来は語れません」


 唐突に野望を口に出されたが、何も荒唐無稽な話ではない。地球の知識が詰ったスマートフォンを自在に使いこなす守たち。三人と良好な関係を続けていけば、その野望は夢ではないのだ。


「お嬢様がそこまでおっしゃるならば、もう御止致しません。しかし・・・」

現実はより残酷ですぞ、と言いかけたが止めた。結局、殺人を犯そうと死体の山を見ようと、どんなに体験を積んでもその人を形作るのはその経験でしかない。自分で望んでいるのだからその機会を奪ってならない。どんな辛い過去があろうと今の自分がいるのはその過去を乗り越えてきた自分なのだ。エルブルスは騎士団に入団した日と最初に人を殺めた日のことを思い出していた。

 短い考え事の合間に四つ鐘が鳴った。敵退却の合図である。


「敵が退却しているようです。ひとまず最初の戦闘に勝利しましたな」


 安堵の声が一同から漏れる。

 

「さて、それでは私たちを案内していただけますね?」

「わかりました。しかし、何かありましたら直ぐに本営まで退却しますよ」

「それはもちろん」

 

 エルブルスは直ぐに戦いが再開されるだろう思っていた。敵の意表を突いたが、さすがに何千人も殺せたとは思っていなかった。彼もまた、爆弾の威力と死体の惨たらしさを過小評価していたのである。

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