14.爆撃
ライル・ヒルトの号令で前進を開始する帝国軍。陣形は三〇〇騎、五列が横一文字で並び、弓の射程圏内と思われるギリギリ外で止まった。その後ろに逆三角形の突撃陣形の軽騎兵五〇〇〇が待機する。徐々に行軍の鐘の音が大きくなる。ライルは右手を大仰に振り上げる。同時に前列の弓兵部隊は射る構えを見せた。そしてライルの右手が振り下ろされると弓が斉射され同時に軽騎兵たちが突撃を開始した。周りの兵は声を上げ始め士気を高めていく。次第に怒号に近い掛け声になり騎馬も全力で草原を駆け抜けていた。
迎え撃つグランチェ市防衛軍は警備隊一〇〇〇名、西方諸王国騎士団三〇〇〇名、そして徴兵というか志願というか、寄せ集めの民兵が三三〇〇名程である。難民を含む非戦闘員は一八〇〇〇人程であるが、籠城戦の常として動けるものは皆後方支援に回っている。
攻撃側、防衛側、双方にとって予定外の戦闘開始はそれぞれ相応の体制で開始されることになった。
しかし暴発事故のあった防衛軍は本来ならまともな体制を取ることは出来なかっただろう。そんな周りが浮足立つ中、幹部を叱咤しまとめ上げたのは異世界からの旅人である佐竹夏美であった。彼女は警備隊隊長マルベスと騎士団団長エルブルスを呼び付けるとまるで訓練されていたかのような指揮統率ぶりを披露し、迅速な消火と防衛体制の確立を指示した。夏美が指示した防衛体制、その光景は異様であった。
この世界では強力な防壁があるならば防御側は戦力の大半をつぎ込み死守するのが普通である。突破されれば新たに前線を設定すればよい。
だが今回は最も前線の城壁防御部隊は非常に少数であり、代わりに彼らへの補給部隊を手厚くしていた。補給するものはもちろん剣や弓矢ではなく、火薬一五〇g入り佐竹守設計の御手製爆弾である。
「き、来た・・・」
正面入り口を守る入団三年目のカイル・ダガーは迫りくる帝国軍を眺め不安と焦燥の念が一層強くなるのを感じていた。精鋭騎士団とはいえ城壁担当部隊はわずか一〇〇〇。カイルが担当する正面入り口、二五〇名の他、五つある門に集中配備されていた。元々十キロにもなる城壁全てを攻めたり守ったりすることは不可能であるので攻守とも戦場を取捨選択しなければならない。強力な切り札があるとはいえ、ここまで少数だと切り捨てられたのではないかと疑いたくもなる。
既に周りには幾千もの矢が降り注ぎ、幾人かが悲鳴を上げる。そして五〇〇〇もの帝国騎馬兵は目の色すら判別できるほどまで迫っていた。
この時点で通常対応の号令が下りた。
待っていましたとばかりに一斉に弓矢が放たれた。しかしその数はひどく少ない。放てば当たる状況の中、五〇ほどの帝国兵が弓矢の餌食となる。
「おい、もう敵がすぐそこだ。というか、壁に食いつかれているぞ!!援軍とブツの使用許可が下りんのか!!?」
カイルの叫びは切実であったが戦場にあって個人の声など本部には聞こえはしない。あるのは如何に効率よく敵を殺すかである。その効率を最大限に高めるために最前線の騎士たちは今しばらく耐えねばならなかった。
戦闘開始から九〇分。帝国軍の戦略がはっきりと見てとれた。
射程距離ギリギリに十五の攻城櫓が鎮座しているのである。攻城戦なのにまったく動こうとしないので一層不気味である。ではいつ動くのか?それは当然防御側が疲弊し隙が出来た時だろう。騎馬兵は機動力を活かし攻撃箇所を何度も変えている。敵の疲労がピークに達した時、攻城櫓を大挙させ攻略するつもりなのだろう。実際騎馬兵のスピードは防御側の対応力を超えており現場からは悲惨な声が上がっていた。
「損耗著しく敵攻撃に対処不能。支給援軍を乞う!」
「何のための兵器かわからん。直ちに使用許可を!」
「せめて剣で戦わせてくれ。このままじゃ死んでも死に切れん!」
グランチェ市防衛軍の苦戦ぶりは帝国軍の方からよく見てとれた。圧倒的な兵力の差に、なにを思ったか下手な戦術で対処している。首席万人隊長ダニール・ストラバンクスはライル一人をけしかけたのを後悔し始めていた。
「毒味役をしてもらうつもりだったが、どうやら一人手柄にしてしまったようだ・・・」
ダニールが独語した時、戦局は大きく動いた。待機していた一五の攻城櫓が一斉に動き始めたのである。どこを攻めるのかヤキモキしていたが、正々堂々正面突破を図るらしい。
弓兵も前進し、正面門番に九〇〇〇以上の兵士が群がろうとしていた。
ダニールは逃した手柄の大きさとライルへの嫉妬に軽く舌打ちした。
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「とうとう攻城櫓が動き始めましたぞ!敵は正面突破を図るつもりらしい」
「いよいよですな。前線へ「爆撃準備」と伝えてきます」
警備隊隊長マルベスと騎士団団長エルブルスは確かな勝利を確信した自信のある会話を交わした。お互い待ち焦がれたと言うべき笑みさえ浮かべ、伝令を見送る。
佐竹守はこの戦闘で一方的虐殺されるだろう帝国軍を想い、演出担当の夏美に声をかける
「夏美さん、今からでも止めにしません?俺たちはここの人たちに助けてもらったけど、帝国の人たちに恨みがあるわけじゃない。ちょっとグロいことになりますよ。爆弾だって、威力を見るだけで相手は引きますよ」
今やグランチェ市防衛軍軍事コンサルタントの位置に収まっている夏美はいつもの間延びした口調で答える。笑顔だが、目は笑っていない。
「守君。私はね~、生き延びたいの。どんなことしても。そして帰りたいの。帰って光一さん、ヒカリちゃんに会いたいの。私はこんな感じだけど、神隠しに遭ったって分かった時、正直かなり不安だったの。死んじゃうかもって・・・
せっかく私たちを手厚く保護してくれる国に着いたんだし、相手には悪いけど二度とこの街に手を出せないくらいやっちゃった方がいいでしょう。戦争が終わったら、ここを拠点に無事に帰れる方法を探しましょ。神隠しの原因も調べられたら調べて。以前の人たちがどうなったかも調べて・・・皆で帰れたら・・・」
「そう、ですね・・・わかりました。もう言わないっす。レナは?」
「私も何も言わないよ。身を守るためにしょうがないよ。こんなに良くしてくれている街の皆を護らなきゃ。それに無事に帰らなきゃ・・・」
戦場の慌ただしさの中、三人だけ世界を切り取ったように佇んでいた。こちらに来て叔母の以外な一面に驚いていたが、本当におかしくなったわけではなさそうなので安心していた。
「御三方、重要なお話し中と思いますが、もうすぐみたいです。」
イリカ・レイブンは三人にエルブルスから報告を通訳した。まさに今、攻城櫓が城壁に取り付こうとしている。防御側の用意は万全だという。
「私の合図で一斉に投げ込みます」
エルブルスもこの局面になり興奮しているようだ。大きく目を見開き、声も上ずっている。三人は軽くうなずく。
エルブルスは大きく手を振り上げる。下ろせば合図だ。
イリカは信じる神に祈りでもしたのか、両手に握りこぶしを作り合わせ天を仰いだ。
レナもそれに倣う。
夏美はしっかりと戦場を見据えている。
そして、守は思い出したようにスマートフォンを取り出し動画撮影し始めた。
エルブルスは手を振り下ろした。