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12.短い軍議

 兵士の安息の時は一瞬で崩れ去る。

 不意打ち、だまし討ち、裏切りも珍しくない。重要なのは浮足立たず冷静に行動することだ。しかし、この時ばかりは冷静に対応できたものなど一人もいなかった。

 まだ陽も低く気温も低い中、鼓動だけが早くなっていくのを感じる。兵士であれば命の危険は常に感じているが、それは戦場の興奮と係争にかき消されていた。この動悸は戦場における身の危険ではなく、得体の知れない恐怖に属するものだった。

 さすがに皆動揺を隠せていない。なにせ一〇〇〇個の爆弾による盛大な花火ショーである。そよ風しか聞こえない草原に今も断続的に爆発音が鳴り響いている。破壊され、崩れゆく建物が目に入る。一体何をすればあんなことが起こるのだろう。城内に火山でもあるのだろうか?将兵たちは初めて目にする光景に世界の終わりにも等しい衝撃を受けていた。

 それはノウエルら万人隊長も同じであるが、将たるもの兵士の前で無様に慌てふためくわけにもいかなかった。ノウエルは旗下千人隊長に戦闘準備の号令を出す。また、この天変地異ともいえる状況の情報収集に努めた。

 一方この騒動に心当たりがあるライル・ヒルトは首筋に冷たいものが流れるのを感じていた。夕べ遅く部下からドールらが街に潜入したと報告を受けた。ここまで順調に作戦準備を進めていただけに、既に彼を掌握できていないという事実に愕然とした。


「いかがいたしましょう?」


 実行部隊の長である十人隊長のグラッセ・エルグは息を切らしながらも冷めた眼という器用な表情を浮かべお伺いを立てた。


「いかがいたすもない。城内にいる者へ連絡手段はない以上連れ戻すこともできない。彼なりに考えがあるのだろう。順番は狂ったが、結果が同じなら別によい。まさか皇帝陛下が到着するまで暴発するはないだろう。目標は決まっている。注意深く観察すれば、必ず突撃の機会はくる」


 と、楽観的に考えていたが甘かったようだ。まさか文字通り暴発するは思っていなかった。しかも見たこともないような惨事になっている。食料庫にもでも火をつけたのだろうか。小麦粉や食肉が燃えれば大火事になる。敵方の混乱を陥れることが目的だから、これは戦果といえるが、やりすぎである。朝方の露も乾かぬ蒼い空は夕焼けに染まっていた。美しい風景だが、観賞する余裕はない。この混乱は間違いなくドールの仕業だ。帝国軍の混乱はもちろんだが、グランチェ市側の狂騒はそれ以上に違いない。当初の作戦ならここが突撃の絶好期であるはず。本来なら嬉々として実行に移せるはずだった。予定を逸脱していなければ・・・

 既に事態はライルのマネジメント出来る範囲を超えている。同僚のメッセ・アインの訪問を受ける。


「とんでもないことになっているが、これは秘密作戦の何某の仕業ではないか。どうやら貴公が思っていたよりずっと優秀らしいな。俺は妖術を信じぬが、今日限りで考えを改めよう」

「・・・っ」


 普段は表情の変えないライルも同僚の皮肉に平常心を保てなかった。言葉にならない感嘆詞が出ただけで怒りからではないが、犬歯を剥き出しにしている。直後に起死回生の策でも思いついたのか乾いた笑いが響く。


「ふふふ・・・この事態はたしかに想定外だが、敵方の混乱はより深刻なはずだ。いまこそ攻め入る時!!」

「落ち着かれよ。貴公も見ただろう。あれは自然災害ではない、人為的なことだ。だがもはや天変地異の様相だ。潜入班かなにか知らんが、だれかが触れていけないものに触れたのだろうよ。原因がなにか、情報を集めている。結論が待つまで全軍待機だ」

「だが、この機を逃せば・・・」

「落ち着かれよ。帝国一の軍師はどこへやら。ともかく軍議を招集する。ノウエル・ヨーデ、ヒリツ・バング両万人隊長は作戦を知らん。貴公が説明したまえ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なるほど、それではライル殿が主導された作戦がこの騒動の原因である可能性が高いといわけか」

「どうやらそのようで」


 ライルはか細い声で肯定するしかなかった。今作戦は皇帝の許可ももらっており、グランチェ攻略の重要な手段の一つであった。敵方に混乱と損害を与えている点は達成している。問題なのはこちらの心の準備もままならない中騒動が始まり、かつこの狂乱の原因が分からないことにある。既に事態は帝国軍が掌握出来る範囲を超えており、このまま当初案通り進軍してよいものか。非常に難しい選択を迫られているのである。掌握出来ない作戦を立てたライルに全責任がのしかかっているわけだが、彼の目には不気味な炎が宿っており、次にどのような発言をするか一同は容易に想像がついた。


「騒動の原因は分からぬが、敵方の混乱は火を見るより明らかだ。今こそ攻め入り、難攻不落の都市を落とし、歴史に名を残すべし!」


 列席するものから複数のため息が漏れる。

 ライル・ヒルトは帝国軍きっての軍師である。これまでの功績から作戦立案能力は高く評価されており、今回の遠征軍では参謀として攻略作戦を立案していた。作戦の性格上詳細を知る者はごくわずかだったが、皇帝も重要作戦の一つと目していた。表情を表に出さず、乾いた笑い方が特徴的な三十五歳の万人隊長は今作戦でも成功を収め、さらに評価を高めるはずだった。

 

「貴公はどうしても攻め入りたいようだが、何度も申し上げる通りこの騒動の原因が分からない以上、うかつに用兵するわけにはいかない。皇帝陛下からも、到着されるまでグランチェには攻め入るなと命令だ。貴公は陛下の言葉をないがしろするだけに留まらず、将兵を未知の危険に晒させるつもりなのか?」


 批判の先鋒はヒリツ・バングである。ノウエル・ヨーデは意外に感じていた。つい先日卑怯?な攻略法を披露し、一カ月で落城してみせると豪語していたのはヒリツ自身である。今回の事態を好機と捉え、積極的な戦術を取るのではないかと心配していたが、どうやら思っていたより冷静なようだ。たしかに好機であることに間違いはないのだが、それ以上にリスクが高すぎる。

 

「私も同意見だ。あれは自然現象ではない。燃え方の異常さからみて人為的なことだ。調査班から報告はまだだが、私はあれを特殊な延焼剤による事故ではないかと考える。小麦に燃え移れば、あのような爆発的な火災になる。ではその特殊な延焼剤はなんであるか?おそらく敵方の新兵器だろう。古の戦争で用いられた「消えない火」。あれを再現できた可能性もある。我が軍へ使用されれば被害は甚大だ」


「消えない火」とは水で消えず、むしろ燃え広がる焼夷兵器である。かつて西方諸国のある国で用いられていたが、厳密に製造法が管理されていたため、その国が滅んだと同時に製造法も失われてしまった。地球でいえば「ギリシア火薬」で、こちらも古来の製造法は永遠に失われ、材料及びその配合比率は推測の域を出ない。


「なんとおっしゃる。ここまで遠征しておいてやっと絶好の好機が巡って来たのですぞ。これを逃せば二度と攻略の機会は巡ってこないかもしれぬ。たしかに皇帝陛下の本意は否かもしれないが、いまだ戦場より遠くにおられる。現場の判断を任せられているのは我ら万人隊長ではないか。結果はついてくると確信している。どうか攻撃の許可をいただきたい」

「なんと過激な事を申す事になったものだ・・・」


 メッセ・アインは同僚の変貌ぶりに戸惑っていた。城の炎上事件は彼にとってそれだけインパクトのあることだったということか。


「ウランバル殿のご意見は?」


 まさに現場の判断を任せられている責任者である首席万人隊長のウランバル・ハルバートに意見と判断を仰ぐ。彼が否と言えばそれで丸く収まるのだ。一同の視線が集まる。


「不確定要素が多いがはライル殿が申すように絶好の好機であると考える。わしの経験から言えば、このような時こそ積極的に用兵し一気に制圧すべきだ」

「なんと!」

「無謀ですぞ!」


 明らかな反対意見にウランバルも年長者の余裕で軽くいなす。


「貴公らの意見はもっとだ。たしかに未知の危険とやらに全軍を晒すわけにはいかん。そこで攻撃はライル殿に任せ、わしらは後方に控えるということでどうかな?」

「それは・・・」


 今度はライルが異を唱えるが、ウランバルはたたみかける。


「貴公は絶好の機会と言った。許可をくれと言った。少なくとも二人は反対しているが、攻撃できれば成果を上げるといった。先ほどの言葉にウソはないであろう。成功した暁にはその功績は全て貴公のものだ。どうだ?」


 沈黙の時は長くはなかった。ライルは短い軍議を終える言葉を発する。

 

「よろしい。必ず成果を上げてご覧にいれましょう!!」


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