9.怪しい人たちがいます。
久しぶりに守たちが登場します。
「そんなことまでできるのですか?」
イリカ・レイブンは守たちから地球の知識を牽き出すことに必死だった。佐竹守も自分たちを保護してくれる伯爵家への情報提供は惜しまなかった。世界史、日本市、数学、物理、科学、人々の暮らしに至るまで質問事項は多岐に渡った。イリカの脇でアーサー・グッドマンは速記をしており、数名の従者がそれをまとめている。
帝国軍に包囲されて二日経っているが悲壮感はまったくない。むしろ、早くかかってこい!!目にものを見せてやると言わんばかりの血気さえある。守のスマートフォンのおかげで開発した黒色火薬は、数度の実験を経て一五〇gの火薬入りの爆弾を作ることに成功していた。火薬さえ作れれば後は難しくない。蝋でくるんだ縄で導火線を作り、炸薬を紙や麻を幾重にも包む。爆発で殺傷力を持たせるため鉄くずを丁寧に包み込む。一二〇〇人の市民を動員し三日で三〇〇〇〇個の爆弾を製造した。守たちも知らないことだが手榴弾並みの殺傷力がある。勝つことはあっても負けることはない。絶対の自信をイリカは持っていた。むしろ戦後、守たちの処遇とどうするかに自分たちの運命がかかっている。
イリカはかつてアガルタを訪れていた日本人のほとんが一カ月前後で行方不明になっている事実を知らせていなかった。記録に残っているだけで五人。伝えられるところによれば、最初の日本人は「アメリカ」か「ヨーロッパ」の国のどこかに拉致されたと思い込んでおり、監視の目を盗み行方をくらましてそれっきりだったという。二人目は日本で算術の教師をしていたというものだった。レイブン家の功績は二人目によるところが大きい。だが、なぜか一カ月もすると「ここは本当はどこだ?」「私は誘拐されたのか?」「大使館へ行く」と騒ぎだした。三人目は地理の教師、四人目は医者であり科学者であった。やはり一カ月前後で「日本へ帰る」と言い出し、説得しても聞き入れなかった。いずれも三十代以上の知識豊富な人物だっただけに惜しまれた。唯一五人目は女性で十五歳と若く、前四人以上の情報は得られず有益とは言えなかった。しかし、話を聞くうち彼女の暮らす日本は依然よりかなり発展しており、話も好奇心をそそられるものばかりだった。彼女は十年と長くグランチェに留まったらしいが、ある日マールバラ王国の首都へ旅行に行ったきり行方知れずとなった。
五人とも元の世界へ戻ったという線が妥当だった。一カ月前後して行方知れずという共通点もある。だが、同じ時期に突然「日本へ帰る」と言い出す理由がわからなかったし、最後の女性は十年と長く暮らしていた。
なにが、日本人の機嫌を損ねたのだろうか?どうして行方不明になったのだろうか?
謎は尽きないが、原因がわからない以上彼らの待遇に気を配らなければならない。この非常時にまさか帰るとは言わないだろうが、今いなくなられたら守たちを知る幹部たちの動揺は相当なはずだ。
そのため、万が一突然いなくなってもよいように戦争や今後の発展に使えそうな知識を聞き出しているのであった。
そして今聴きだしているのは辞典だと思っていたスマートフォンの機能である。
「その気になれば世界の端まで会話ができますよ。というか本来の機能は電話で、ネットはおまけみたいなものです。まあ、この世界では通話もネットも使えませんけどね」
「離れた場所でも会話ができるなんて・・・そんなことができるなら生活も戦争の様相も一変しますわね。使えないのが残念です。でも記録によれば今まで来られた方はスマートフォンの類は持っていなかったと思います。最近発明されたのですか?」
どんなにスマートフォンについて聴きだしたとしてもこの世界の技術水準で作ることはできない。守はイリカの意図に気づいていたので、わずかにでも製作不可能なスマホの説明は面倒になってきた。
「そうです。スマホや携帯電話が一般人に普及したのは二十年くらい前らしいです。年齢でいうと、夏美さんが俺達ぐらいの歳くらいに皆持ち始めたんですよ」
「ええ!!夏美さんは二十代じゃないんですか?御歳はおいくつですか?」
「たしか三十九歳だったと思います」
「すごい、若々しい!!まさか日本では不老長寿の秘術でも・・・」
イリカは碧眼を自身の金髪以上に輝かせていた。興奮は収まりそうもない。さすがにそこまでは、と言い話題を変えることにする。当の夏美が近づいてきたからだ。夏美は歳を言われることを極端に嫌う。年齢を明かされたことを知ればあの笑顔が激オコスティック以下略になること間違いない。
「最近の中では一番生活を変えたのがスマホですが、時代を遡ればその時、その時で革命と呼ばれるものはいくつかありました。多分蒸気機関の発明による産業革命が一番重要だったんじゃないかと思っています」
蒸気機関ならば頑張ればこの世界の技術水準で作ることができるかもしれない。
「蒸気機関、また新しい用語ですね。それはいったい・・・あ、夏美さん、おはようございます」
「おはよう、イリカさん。今日も元気ね~」
「こんな知識欲を刺激されることは中々ありませんよ!!」
「そう、とてもいいことだと思うよ~。私も学生の時に熱心に勉強しとけばよかったってなんど思ったか。社会人になってから勉強したく人が多いけど、私もその口よ。勉強すればするほど、自分が無知であることがわかるよね~」
「知らないことを知る、ですね」
「そうそう、知らないことが増えていくように感じるのよね~・・・ところで、そんな無知の知を自覚したイリカさんにお尋ねしたいことが」
「はい、私が答えられるといいのですが?」
「夕べ、かなり遅かったんだけと、私たちが借りている家の隣の空き家に人気があったのよね~。それも複数人。確か隣家の家主は半年ちかく行方知れずって聞いてたんだけど。危険はないと思うけど、ちょっと気になって」
イリカの答えを待たず守が割り込む。
「よく気がつきましたね。いつも遅くまで色々してるから疲れて眠っちゃいますよ。」
「夜強いのよ」
賓客としても警備の観点からも最初は迎賓館を勧められていたが、守たち辞退していた。話を聞いていたアーサー・グッドマンは眼光鋭く夏美に詰め寄る。
「夏美さん!!詳しく聞かせていただきましょうか」
「アーサーさん。顔近いです~」
「失礼。皆さんにご宿泊いただいている隣の家の主は夜逃げしているのですよ。レイブン家からの借金苦で」
「え?そんな話、私は知りませんよ」
「それはそうでしょう。旦那様より命を受けて私に一任されていましたので」
アーサーはドールの件を淡々と説明する。
「ん~、そうだったんですね。その方は大変御苦労なさっていたんですね」
「はい、貸付にあたり船大工から転職を勧めていたのですが、聞き入れなれませんでした。何かこだわりがあるみたいで」
「勝ち残る者は変われる者って偉い人が言ってましたね」
「その通りですな。それより昨日のことを詳しくお願いします」
「でも詳しくって言っても夜中でしたし、ほとんどわかりませんよ~」
「人数とか、顔は見ましたか?」
「それもわかりません~・・・顔が近いです」
「う~む・・・お嬢様、すぐにでも調査を開始したいと思います」
「そうですね。大事なお客様の隣に正体不明の輩がいるのは見過ごせんね。もしかしたら避難民かも知れませんが、警備隊を送りましょう」