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8.潜入

街中に苦も無く潜入できた帝国兵はドールの指示で中心部を目指していた。といっても急いているわけではない。皆、服装はグランチェ市民が着ているものだったし、顔つき体格も違和感がない者ばかりだ。夜間のわりに人はそれなりにいたが焦ってはいけない。市民を装い平然と中心部、そして城壁を目指せばいい。ここが見知らぬ土地ならば籠城中の市内で宿をとることも難しいだろう。だが、ここは四十五年間住んでいた街だ。半年も空けていたとはいえ自分の家もある。


「あれが俺の家だ。ここで待機していろ。カギを開ける」

 

 半年ぶりに家主を迎え入れた家に明りが灯る。借金のかたに取られていると心配していたが大丈夫だったようだ。ドールは五人の兵士を自宅へと招き入れる。


「ご苦労だった。狭いが適当に寛いでくれ」


 一同に安堵のため息が漏れる。


 十九人の工兵の内、潜入に同行したのは五人だけだった。あの小さな船にさすがに全員を乗せるのは無理があったし、一目では帝国と王国の民と見分けがつかない者を選ばなくてはならない。結局船を動かせるギリギリの人数だったが、スパイとして活動するには適切な数であった。上陸に成功し誰何も受けず一次目標のドール家に到着できた。

 同行の兵士たちに休憩を与え、ドールは半年ぶりに自室に入った。急いで準備して出て行ったので寝室もその当時のままだった。ホコリが薄く積っている。

ベッドに腰かけ一息つく。


(ここ半年は帝国で宿舎とは名ばかりのテント生活だったからな。やはり自分の家が一番落ち着く。やつらも籠城している限りは安心しきっているだろう。油断している防衛軍の幹部を一人づつ消していってやる!)


 潜入するものの責務は重要だ。門や防衛軍司令部など重要個所に潜入し、要人の暗殺や拠点破壊活動を行わなければならない。戦闘中にそのようなことが起きれば間違いなく防衛軍は混乱し、いかに強固な要塞でも攻略は容易となるだろう。

 自分は使い捨ての駒になるつもりはない。誰もが認めざるをえない大きな手柄を立ててやる。

 ドールの目は血走っていた。故郷から見捨てられ(と思った)長いテント生活に疲れ正常な判断ができなくなっていた。自分を救ってくれたライルの期待に応えるために何としても成果を出さなくてはならない。本来なら彼に兵を動かす権限もないはずだが、そうした使命感が正しい順序や手続きを無視させていた。明日以降が楽しみだ。レイブン伯爵家のイリカ嬢、警備隊長、王国から出張って来た騎士たち。ついでに俺を見捨てた商会の連中も狙うか・・・

 ドールはターゲットとなる獲物を頭に思い浮かべながらいつの間にかベッドで眠りについていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 工作班を指揮していたグラッセとノムガンは自分たちへ特命を委ねた万人隊長ライル・ヒルトへ船完成の報を入れていた。一報を受けライルは満足げに頷く。


「ふふふふ、これで準備は整ったな。工作班はそのまま待機せよ。皇帝陛下が到着次第作戦は開始されるだろう。その時はよろしく頼む」

 

 端正な顔立ちのライルは笑う時に歯は見せない。本人は笑顔で語っているつもりなのだが、せいぜい微笑といったところだ。そのため彼の頬笑みはよからぬことの企んでいるようにしか見えない。その割に多弁であるため会話する者はセリフと表情のギャップに戸惑うことになる。詰るところライル・ヒルトは普段無表情であり、会話から感情を読み取ることが難しい男だということだ。


「は、承知しました。微力ならが全力を尽くします」


 我が上司はご機嫌であると当たりをつけたグラッセだった。直ちに工作班の下へ行こうとするが呼び止められる。


「待て。船が完成した以上、ドールには戦場を離れてもらう。直ぐに呼び戻せ」

「は、しかしよろしいのでしょうか?ドール百人隊長がいなければ城内の潜伏に不安がありますが」

「目的は戦闘中の要所の破壊、要人の暗殺にある。地理に明るいとはいえ、兵士でないドールは足手まといだ。それは君たちが一番わかっているだろう。城内の情報は手に入れてある。潜伏予定地は彼が提供してくれたことだし、なにも心配いらない」

「は、承知しました」


 たしかに工作班全員はグランチェの地理と重要人物について教育されていた。教師役はもちろんドールであった。


「彼は十分に責務を果たした。成果に対して十分に報いるつもりだ。昇格の儀もあることだし、安全な本国に帰ってもらう」


 ドールのおもわぬ高評価に心の中で舌打ちした。最初から最後まで折り合いのつかない関係だった。特命の工作班に任命され、現場リーダーに抜擢されたと喜びも柄の間、オブザーバーとして実績もないぽっと出の異国人がついた。しかも形だけとはいえ自分より階級が上である。そして作戦も成功しない内からついに閣下と呼ばれる階級まで出世することが決まってしまった。

この期に及んで妬みは見苦しいだけかもしれない。グラッセは形式的なあいさつをする。


「ついにドール隊長も閣下になられるのですね。同じ工作班として働かせていただき、私どもも光栄です。直ちにドール「閣下」に報告させていていただきます」

「うむ、疲れているところ悪いがよろしく頼む」


 グラッセとノムガンは速やかに森に帰ることにする。既に夜も深く誰もが寝静まる時間帯だったが、明るい満月のおかげで松明いらずに森に帰ることができる。五日で公転している月はあと二日もすれば、新月になる。そうすれば夜は漆黒の世界となる。潜入するならその時だ。

 自分なりにタイムスケジュールの予想を立てながら工作班が待機しているはずの森に到着する。そこでグラッセはドールが少数の部下をつれて既に潜入していることを知る。本隊と森の往復に疲労困憊していたが、ノムガンを残し急いで本隊へ戻ることになる。

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