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秋国第二王子陽芳が副官玲威に引きずられるようにして歩くその姿を認めた時、秋国第一王子陽梨は思わず顔を歪めてちっと舌打ちをしていた。

秋国王宮白焼宮、東門前。夜半ゆえ門は閉められている。秋国左軍の兵士一隊を従えた陽梨は、多数の王宮近衛兵に行く手を阻まれた。

緋色の上衣、暗橙色の下衣に身を包んだ左軍の兵士に、浅黄の上衣、同じく暗橙色の下衣の近衛兵。数は近衛兵の方が多く、剣を抜いたのも近衛兵が先。交戦が始まり、何人もの脱落者が出る中、陽梨が東門を手にするかといった矢先、玲威と陽芳が新手の一軍と共に現れた。

「これはこれは志保様、このようなところで何をなさっておいでです」

玲威の指図で近衛兵側の動きが止まる。陽梨もそれに合わせて左軍に合図し、二軍は互いの様子を窺ったままひとまず剣戟を止めた。

「おまえこそ何をしている、玲威。貴様は確か陽芳の副官ではなかったか。上官に対しその態度は何だ」

陽梨に指され、玲威は痕が残る程に強くつかんでいた陽芳の腕を微笑と共にあっさりと放す。

「これは躾というものです。私は志破様の母上様より、志破様の教育も仰せつかっておりますので。どうぞご容赦を」

悪びれもせず玲威は答えた。

「さて、志保様。志保様こそいかがなされました。このような夜更けに、まして建国祭前夜に、軍の一隊を引き連れて東門前を抜けられようとは、一体どちらへ行かれるおつもりで?」

「なに、ちょっとした夜の散歩さ。何せ建国祭前夜、部下を連れて酒楼へでも繰り出そうかと思ってな。

玲威、おまえこそ、近衛兵たちを引き連れてどこへ行くつもりだ。いや、…」

茶番はたくさんだとばかりに、陽梨は一度頭を振り、玲威の影に隠れようとする弟を見据える。

「陽芳。おまえは一体何をしている」

ひっ、と陽芳は小さく息を呑んだ。

(あにうえ…)

硝子がひび割れ砕け散るように、様々な思いが、言葉が、形となる前に粉砕される。

すがりたい、助けてほしい、逃げたい、隠れたい、怖い、

(でも、でも、…)

(玲威にじゃない。陽梨は、僕に、)

「私の主を苛めないで頂きたい。志保様」

己を鼓舞し、何かしら自分の言葉で答えようと唾を呑んだ陽芳を無視し、玲威はするりとその前に出て陽梨に言った。

「志破様は心根の優しい繊細なお方、その分、武骨な貴方の物言いは怖くて仕方がないのです。志破様の代わりに私が何でもお答えしましょう。私は志破様の副官、志破様のことは何でもよくわかっておりますから。

何をしている、とのことでしたね。

先程、秋国王陽王陛下が何者かにより弑されました。その犯人を捜しているのです。どこぞへ逃亡する前に捕え、この秋国を揺るがす大事件を何とかして平穏に納めなければなりませんのでね。

さて、志保様。

どちらへ行かれるおつもりで?」

「…それが貴様の筋書きが。随分適当だな。俺が父上を殺した犯人だとでも言うつもりか」

「貴方のその行動は、そのように見えますが」

「そんな杜撰な筋書きで他の者が納得すると思うか。そのように見えるのは、そう見たいおまえだけだろう」

玲威を見据え、答えつつ、陽梨は周囲の気配を探る。今のやりとりに、陽梨が率いてきた左軍の一隊はともかく、玲威が引き連れて来た近衛兵にも浮足立った動きは見られない。

(どこまでぐる(・・)かと思っていたが)

(陽王の死に動揺せず、王子である俺が父上を殺したと申し立てても揺るがない、か)

寧ろ、陽梨と玲威のやりとりにいちいち小さな反応を見せるのは、陽芳である。

(…ったく。(てい)よく使われやがって)

「陽王陛下の死にも、その罪を暴かれても、やはり、驚かれませんね。

…私の周りをこそこそと探っていたのは、貴方ですね」

「何のことかわからんな」

(暁亮め)

ばれているぞと心中で夏国大使暁亮に舌打ちする。が表向きは素知らぬふりで陽梨は答えた。

「そういうまどろっこしいことは俺の本分ではない。何かの勘違いだろう」

すらり、と陽梨は己の持つ剣を振り払い、構える。

「おまえにはおまえの理屈があるだろうがな。俺には俺で言いたいことがある。

建国祭前夜に近衛兵を必要以上に王宮に集め、父王の死を吹聴し、仮にもその王の息子であるこの俺にその罪を着せるという。言いがかりにも程がある。この俺にそのような讒言をよくも言ったものだな。無礼千万、この場で捕えてその腹の内の企みを全て吐かせてくれるわ! やれ!!」

「捕えなさい! 陽王弑逆の大罪人です! 数ではこちらが上だ! なんなら殺しても構わない!!」

陽梨の号令に玲威の叫びが返った。じゃきん、と剣と剣のぶつかる音が響く。入り乱れる足音、閃く刃に、陽芳は頭を抱えて座り込む。

(無理だ)

(やっぱり無理だ、こんなのは!!)

「何をしている! 全く、この主は!!」

玲威は戦う素振りも見せず半ば呆然自失する陽芳の姿に激怒し、その足を力任せに蹴りつけた。陽梨の振り回す剣から逃れつつ、そばの近衛兵に言いつける。

「連れて行きなさい! 後できつく仕置きしてやらねば。…本当に教育のしがいがある」

「陽芳!!」

陽梨は叫んだ。

「斬れ、玲威を! こいつはおまえのことなど何も考えてはいない。この副官と縁を切れ!!」

陽芳は陽梨を見た。玲威の命令に従い、二人程の近衛兵が陽芳を連れて交戦の場から退避させようとする。その姿の隙間で振り返った陽芳は、小さいながらもはっきりと横に首を振った。

「…できない。だって玲威は僕の副官なんだ。あにうえに代わって、ずっと傍にいてくれた。今更玲威を切って陽梨のところになんて、もうできるはずがないんだ!!」

「陽芳!!」

戦列を離れて、陽梨が陽芳を追おうとする。それを妨げる矢が飛ぶ。

(―ちっ)

陽梨は剣で矢を振り払うが、矢は止まない。そうして足止めを食らううちに陽芳の姿は遠ざかる。

陽芳の確保を諦めて陽梨が戦況を確かめると、緋色の左軍が浅黄の近衛兵をやや押していた。

(開けるか。門を)

時機を図りつつ、剣戟のただ中から一歩引き、陽梨は左軍を指揮する。東門の姿に目を走らせたところで、閉じられたその門がぎぎっと開き始めた。

「ははははっ!! 時間稼ぎは私たちに味方したようですね!」

玲威が嘲笑する。陽梨は目を(すが)めた。

東門の開いた先、王宮の外に現れたのは、源基率いる夏国軍だった。

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