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桜の季節は終わり、若葉が目に新しく、5月10日の秋国建国祭が近づいてきた。
「おまえがここにいるのも建国祭までか? 周藍」
秋王宮、白焼宮の中庭で行き合った秋国王子陽梨は、幼馴染の秋水軍将軍周藍にふと話しかけた。
「まあな。さして心配がある訳でもないが、そろそろ戻らないとな。緑都の報告も段々恨み節になってきているし」
周藍の腹心の部下である緑都は、はじめ白焼宮に周藍を送り出す際には、教師が急用で不在となった悪童の如く嬉し気な顔をしていた。だが周藍の滞在が長くなるにつれて、いつ船に戻って来るのか、本当頭の悪い奴らばかりでおさえるの大変なんですよもう苦労してますから私、的な台詞を吐くようになった。
とか言いつつ、実際は弟の緑拓が軍医で同じ水軍に在籍しているのを良いことに、様々な雑務を押し付けて楽をしているらしいのだが。全く調子の良い姉である。
「夏国大使と一緒にいられるのもそれまでか。残念だな? 周藍」
にやにやと人の悪い笑みを湛えて陽梨がからかうと、周藍が一瞬不貞腐れた顔をする。
先日周藍に誘われて飲んだ時に、珍しく周藍は自ら酔っ払い、甲斐性がどうとかなかなか面白い発言をしていた。陽梨は鬱陶しくなって渦中の本人である暁亮を呼び出し、部屋に二人きりにして放置した訳だが、それでも大した進展はなかったようだ。
十九にもなった大の男が、好きな相手と二人、どうとでもすれば良いだろうと陽梨は思う。
とはいうもののそこは長年の付き合い、この幼馴染は、据え膳に安易に手を出せるような人物でもないとわかってはいたのだが。
「…桂淋のことはいい。陽梨こそ、明香姫とはどうなんだ」
わざとらしく咳払いをし、仕返しとばかりに、周藍は陽梨へ問う。
「明香姫がいられるのも、建国祭頃までだろう」
「まあ、祭りが終われば帰るだろうな。花婿の選択権は向こうにあるんだし、それなりに考えているんじゃないか?」
「明香姫の意向ははっきりしているようだが…」
半目になり、周藍は陽梨を眺める。
「何が言いたいか知らんがな。この間、盛大にお断りされたぞ」
「お断り?」
周藍は不思議そうに首を傾げたが、陽梨は明香の捨て台詞をはっきりと覚えている。
『陽梨みたいな野蛮な人のところに来てくれるお嫁さんなんて、いる訳ないよ! 明香は10歳のお子様かもしれないけど、陽梨のその女の子の扱いはお子様以下だよねっ! べーっだ!!』
あの明るい溌剌とした少女は、陽梨の前でそう言ったのだった。
(…なんだかむかついてきたな)
「大体なあ、相手は10歳だぞ。子供じゃないか。10歳の子供を前に、結婚だなんだって考えられるか? これが自分の花嫁だって思えるか? 無理だ、無理。お飾りの人形じゃあるまいし。私はおままごとをする気はないぞ」
「おい、言い過ぎだろう」
「ならおまえはできるっていうのか? あんなちんちくりんの、胸もない、腰もない、にこにこ笑う能天気娘と閨で何をするっていうんだ? 話にならない。全く阿保らしい」
「陽梨…、」
常以上の辛辣な口ぶりに、周藍が眉をひそめて何か言おうとしたその時、
がさっと茂みが大きな音を立てた。
はらはらと小さい若葉が舞う。その中に、今まさに茂みから起き上がったと言わんばかりに、少女が一人、立っていた。
「め、明香姫…」
ひきつる男二人を前に、ちんちくりんで胸もない、腰もない、にこにこ笑う能天気娘は、両の拳を握りしめて怒りにわなわなと震えている。
うつむいていた顔を、きっと真っすぐ上げて、陽梨を睨みつけ、吐いた。
「陽梨のばかっ!!」
顔が真っ赤になり、その目の端に悔し涙が浮かぶ。構わず明香はすう、と息を吸い、続ける。
「どうせ10歳よ。子供よ。何よ、陽梨のばか! ばかっ! ばかっ! 大ばかっっ!!」
明香はくるりと身を翻した。そのまま、脱兎の如く駆けていく。
あっという間に姿が見えなくなり、しばし呆然とした陽梨と周藍が我に返る頃、後ろから声がかかった。
「子規どの、志保どの、こんにちは。あの、明香さまをお見かけしませんでしたか?」
夏国大使暁亮であった。
いつもの如く、藍色の瞳は眼差しから星のかけらがこぼれるようにきらめいていて、きりりと一つに結んだぬばたまの黒髪はつやめき、紅をはいたように薄く染まる頬と唇が薔薇の花びらのように可憐である。
と、周藍と陽梨のいつにない反応に、暁亮はわずかに眉を寄せた。
大抵、暁亮を見かけたときの陽梨は苦虫を噛み潰したようにわかりやすく拒否反応を示し、周藍は親し気にあたたかい眼差しで挨拶するところが、二人とも顔が強張り、硬直している。
「…明香さまと会われましたね。何がありました?」
「わたくし、見ていましたわ」
暁亮と陽梨、周藍を挟んで反対側に、秋国王女陽貴が現れた。
「お兄さま。さいってい、ですわね」
ぱちりと扇を鳴らして閉じ、口元に当てて、たおやかな美少女はそうのたまったのであった。
ちょびっと難産でした。
「春の夢、~」も書くのが楽しくて、ついついこちらが喰われがち…。
二兎を追うものにならないよう、精進します。




