おまけ ある夜の出来事 2
しばらくおまけは我慢と思っていましたが、年末でした。
お正月が来るじゃないの!
と思って、浮かれ気分でおまけ解禁です。
その夜秋国王子陽梨は、幼馴染である秋国水軍の将、周藍の居室を訪ねた。
「来たぞ」
「ああ。入れ」
酒瓶を掲げた陽梨に、周藍は短く首肯する。見慣れた部屋に入り、さっさといつもの指定席である一人掛けの椅子に陣取る。酒瓶を手前の黒漆の卓に置くと、周藍が酒器と小さい壺を出し、並べた。
壺の蓋を開け、中を見る。白い壺の中ほどまで扁桃の塩炒りが入っている。
「なんだ、つまみはこれだけか。色気がないな。ああ、今日はあいつは来ないんだったな」
「桂淋はしばらく出入り禁止だ」
「ふうん?」
片眉を上げ、陽梨は周藍を見遣る。周藍は無表情に淡々と酒を注いでいた。
陽梨が持参したのは水幸。すっきりと辛く作られた米の酒である。秋で一番好まれるのは果物の複雑な甘味を思わせる水豊だが、一方で酒飲みには甘すぎ、物足りない。そういう者に好まれる二番手が、この辛味の水幸となる。
二人は瑠璃の酒杯を合わせ、くい、と傾けて飲む。
秋国王子の持参の品とあって、同じ水幸でも等級が異なるのだろう。辛味を邪魔する雑味が洗練され、かつ単一な味とはならないよう、繊細に純度が高められている。
「うまいな」
「ああ」
水ありて幸いなり、が水幸の由来だ。単純な言葉だが、この酒を添えて述べられると様々な含蓄を想像する。
それから、陽梨と周藍は久しぶりに二人の小さな宴を進めた。
とはいえ、気ごころ知れた男二人、ぽつぽつと時折言葉がこぼれるといった類で、長々と喋るようなことはない。はしゃぐ笑い声もない。
かといって退屈している訳でもなく、それが彼らの丁度良い日常の距離なのであった。
(…とはいえ、今日はやけに口数が少ないな)
一通り互いの近況を確かめたところで(とはいっても、王宮で常に顔を合わせる間柄、近況など知らない訳もないのだが)、ふと気づいた陽梨がじっと周藍を観察する。
と、普段の倍程の速度で周藍が酒杯を進めている。
「いや、待て待て待て。周藍、おまえいつもより大分早くないか!?」
「そうか?」
言っている間に、更にもう一杯、水幸が注がれ、干される。
気づくと、陽梨が持参した一瓶はとっくに空になっており、いつの間に出されたのか、周藍のそばに何本か空の瓶が転がっている。
更にもう一杯、とくとくと酒が注がれる。ごく自然な動作でそれを手に取り、ごくごくと飲む周藍。
「いやそれは酒だ。水幸は水ではないからな!?」
干された空の酒杯を分捕り、陽梨は幼馴染がもう一杯注ごうとするのを強引に止めた。
まだ空になっていない酒瓶も周藍の前から取り上げて、自分の椅子の近く、床に下ろす。
恨めし気に陽梨を見る周藍に、陽梨は冷たい一瞥を投げかけ、言った。
「何があった。さっさと吐け」
「…陽梨。俺って甲斐性ないか?」
「甲斐性?」
突然出た単語に思わず聞き返す陽梨。
「自分で言うのもなんだが、一応少しは資産もあるし、この年で秋国水軍を任されて、それなりに出世もしていると思う。容姿も、まあ、不細工ではないだろう。太ってもいないし、酒癖も悪くないし、特殊な趣味がある訳でもないし、付き合う相手として、それ程低い評価にならないと思うんだが。
率直な意見を言ってくれ」
「おまえの婿がねとしての評価は、先日松宣が熱っぽく語ったんじゃなかったのか」
陽梨は参席しなかったが、観桜の宴で秋国宰相松宣に詰め寄られて閉口した話は聞いている。
陽梨の同母妹、秋国王女陽貴を娶る気はないかと、さんざんおだてられたと他でもない周藍がこぼした。
(19歳にして冬国との防衛線を任せられる貴殿は十分に優秀、将来有望。しかも王子志保さまの覚えもめでたく、生まれも良く、凛々しい風貌も若い娘にとっては願ってもない婿がねであろう。…とかなんとか)
「あの時、宰相殿はちょっとおかしかった。酒の勢いと、多分可愛がっている陽貴を夏国にやりたくないあまりに、当て馬を探していただけだろう。正当な評価とは思えない」
「…客観的に見て、大体正当な評価だと思うが」
「いや違う!」
ばん、と卓を叩く周藍。常にないふるまいに目を見張る陽梨。
「それならこんなにあいつが苦労する筈がないんだ」
「あいつ?」
「俺がもう少し頼りになる男なら、あいつだってさっさと楽になれるのに。俺に甲斐性がないばっかりに…」
熱くなる周藍。酒の力のおかげでいつもより口が滑っているが、それでも詳細を語らないところに、残された理性の配慮がある。
(そういうことか)
どうせ、暁亮が苦労しているところでも目の当たりにしたのだろう。
(まあ、敵も多そうな奴だしな)
夏国大使暁亮は、性格に難がある訳ではないが、他人を容易に近づけないところがある。貴族然とした雰囲気の秋国ならともかく、叩き上げの武人が多い夏国では、気安く打ち解けない佳人は反感を買うこともあるだろう。
と、外から扉を叩く音がした。
「子規さまー、定期報告ですよー。って何これ酒くさっ!?」
無遠慮に入って来るのは、妙齢の女だ。めりはりのきいた体に武人らしい紺の上下を着て、颯爽と歩く。肩の上で切りそろえられた髪に、耳元に光る赤い宝玉。
「緑都か。いいところに来たな」
秋国水軍で周藍の元についている武将の一人、緑都。女だてらに体術の達人である。
水軍の駐屯する紀の川を離れ、白焼宮に滞在している主の元に報告を持って来たのだろう。
陽梨は酒が残っている瓶をまとめ、緑都に押し付けた。
「これを持って行け。あと、夏国大使暁亮を呼んで来い」
「えー!? 桂淋ちゃんを? この時間にですか? …っていいんですか、こんなところに呼んで。子規さま珍しく酔ってるみたいですけど」
「つべこべ言わずさっさと連れて来い!」
「もう、志保さまってば横暴ー! このお酒は遠慮なくいただいちゃいますからねー!」
ひらりと身を翻す緑都。
ふう、と改めて室内に目を遣ると、周藍が長椅子で空の酒杯をもてあそんでいる。
「陽梨。酒がない」
「おまえはもう飲むな。飲むなら水にしろ!!」
「水は飲んでも酔えないじゃないか。俺は、今、酔いたいんだ」
「どれだけ飲んだと思ってる。吐くぞ」
「これぐらいじゃ吐いたことはない。まだ行ける」
「…そのうち肝がやられるぞ。もう今日はやめておけ」
「大丈夫。酒で死んだ人間はいない」
「いやいるだろう。っていうかおまえが酔っている時点でもうやばいんだよ!!」
何で王子の私がこんなことを、とぶつぶつ言いながら陽梨は周藍から再び杯を取り上げ、水を注ぎ、渡す。
「水か…」
「この世の終わりみたいな顔をして言うなよ!!」
そんなやりとりをしているうちに、再び扉が叩かれた。
「志保さまー、連れてきましたよう☆ お待ちかねの桂淋ちゃんでえすっ」
ひときわ陽気に言い放つ緑都。手を引っ張られて室内に入る暁亮。
やっと来たか、と陽梨は救世主に安堵の息を吐く。
(相変わらず、無駄にきらきらしいな、こいつは)
「あの、お呼びとのことですが、…って、子規どの!?」
やさぐれた様子の周藍に、暁亮が目をみはる。一方で、周藍も突然現れた暁亮に動揺し、杯を取り落としそうになる。
「暁亮。おまえに任す。夏国大使は秋国水軍の将を存分にもてなし親交を深めるように。公務だ!」
(あー阿保らしい!!)
言い捨て、陽梨は緑都を連れて外へ出た。
「志保さま、私、一応子規さまに報告があるんですけどー。済ましてさっさと休みたいんですけど」
「急ぎの報告でもないんだろう。出歯亀はあきらめろ」
「せっかくきれいどころの桂淋ちゃんとも会えたのにい。志保さま気にならないんですか? 酔った子規さまと桂淋ちゃんですよ? この後何が起こるかどきわくしません?」
「付き合ってられるか」
それに多分そんな展開はない。
と、そこは妙に信頼できてしまう幼馴染の性格に、陽梨ははあ、とため息をつく。
月が明るく夜を照らしていた。
あー本編も書かなきゃ…。




