おまけ 夏国王の寵姫 10
自分の風邪が落ち着いたと思ったら、家族の風邪でいろいろ予定を狂わされました。くくう。
それからも夏国王明理は、毎夜、妾妃である私こと照凜の部屋を訪れた。
ただ共に眠るだけの夜を過ごし、朝には何事もない当たり前の顔で出ていく。艶めいた言葉をかけることも、男女のふるまいをすることもない。
明理の心には、もう、その女しか住んでいないのだ。
迎えに行く筈だった、でももう会えなくなっていた、死んでしまったその最愛の人。
正妃のところにも、二妃のところにも行かず、幼い私のところに来るのはそのため。
朝、冷たくなっていた抜け殻のような寝台に触れ、私は少し泣いた。
そうやって仮初の夜を過ごし、過ごし続け、それはいつまで続くのだろう。
あのいけ好かない、生を謳歌しているかのような不敵な笑みを浮かべる王が、怒りに振り上げた拳の下ろす先もなく、ただじっと闇を抱えて生きているさまが、悲しく、哀れだ。
だがこの清水宮のほとんどの人が、それに気づかず、明理を輝ける王として崇拝し、私を王に寵愛される幼い妃と信じている。
清水宮での日々を過ごすうちに、正妃、二妃に出会い、会釈を交わしたことがあった。
「貴女も大変ね…」
幼い王子たちを連れた彼女たちは、どちらも、すべてを知っているように悲しそうな微笑を浮かべ、私を労わってくれた。
彼女たちも明理を慕っているのだろう。
でもそれは報われない。恐らく永遠に。そして、…私もまたそのうちの一人になってしまっていた。
13歳で三番目の妃になり、およそ5年を過ぎた頃。
18歳の私の胸は、明理に馬鹿にされたようにまったいらではなく、腰も寸胴ではなくなった。私はそれなりに年頃の娘として、花開こうとする時期に至っていた。
いつものごとく、ただ眠るためだけに寝室を訪れた明理に、ある夜、私は言った。
「抱いてくれない?」
明理は眉を顰め、遊びなれている玩具が突然壊れた音を発した時のような、怪訝な顔をした。
苦笑する。自分でも、これはないな、と思う。
「私、一応、王であるあんたの妃でしょ。ってことは、この先他の男とそういうことするのは、多分もうないわけよ。でもさ、私だって女には違いないからさ。興味もあるわけで。
あんたは、さんざんいろんな女性とそういうことしてきたんでしょ。だったら、一回くらい、私とやってみても良いんじゃないかな」
「本気で言っているのか。冗談ではなく」
「ええ。本気よ」
多分、明理には何もかもわかっていたのだと思う。
つっかかってばかりいた小生意気な幼い少女だった私が、いつの間にか明理のことを好きになっていたのを。
好きになっても、明理の心が手に入る訳もなく、ただ耐えているしかないと悟っているのを。
悟っているのに、せめて何かのつながりが欲しくて、醜くもあがいていたことを。
(心が手に入らなくてもいい)
(そんなことはもうこの何年間でさんざん思い知らされた)
(でも、でも、…)
この先も、何年も、何十年も、そうやってただ横に眠るだけの日々。
報われない未来の長い時間を思い、その時、私の心は折れそうになっていた。
結局、明理はその夜、私を抱いた。
それから、何回か私は抱かれ、やがて新しい命を授かった。
人々は、ようやく夏国王の寵姫の元に王子が生まれたのだと寿いだ。
そして時は過ぎ。今、私は31歳、二児の母となった。
12歳の明章は利発で口が良く回り、私を良く知る人からは、母親そっくりだと言われる。しぐさや言動が母性をくすぐるらしく、愛らしい男の子で、年上の女性に殊に人気だ。
10歳の明香は、天真爛漫でおっとりしている女の子。私よりも姉さんに似ている気がする。三人の兄王子に溺愛されているのがやや心配でもある。
人は、私のことを夏国王の寵姫と呼ぶ。
けれど、私はそう呼ばれる度に、本来そう呼ばれるべき人に思いを馳せる。その呼び名は私のものじゃないと、時々叫びたくなる。
「明韻ちゃん。私のことを寵姫とか言わないでくれる? 私、そういわれるの、嫌いなの」
明章から聞きつけ、私は第二王子明韻のところに乗り込み、めっ、と念を押した。明韻は貴族的に整った秀麗な顔に苦笑を浮かべ、大人しく頷く。
「ちゃんづけはそろそろ許していただけませんか。照凜さま」
「今更何よ。明韻ちゃんのことは、3っつの時から知っているっていうのに」
「一応これでも21歳なんですよ」
「知ってるわよ、明韻ちゃん。明韻ちゃんが私のこと寵姫とか言うのやめたら、考えてあげる。ね、明韻ちゃん」
にっこり笑って言うと、やれやれと言った体で肩をすくめる。正統派王子も形無しである。
言質を取り満足して、私は明韻と別れた。
今日もこれから、やりたいことがいっぱいある。あの日、麗桟の一族を拾ってから、徐々に教師の育成は進み、広めの邸宅を使って子どもを集めて教育を施した。そのおかげで、王都洸の子供たちは計算のできる子、字の書ける子が普通になりつつある。
(大人相手の学校も作りたい。育った人材の使い道も考えなくちゃ。地方に回して国中に展開するのもしたいし、王都で専門を極めてもらうのもいいし)
国王の寵愛を受けなくても、妾妃さまの一日は意外と忙しく、充実しているのだ。
「それでも、貴女はやはり寵姫ですよ。照凜さま。正妃さまも母上もできなかった。父上を安らがせたのは貴女に他ならないのですから」
明韻が呟いていたことなど露知らず、私は振り返ることなく、その場を去ったのだった。
夏国王の寵姫、終了です。あーやっと終わった。やっとここまでたどりついたー。




