おまけ 夏国王の寵姫 6
翌日、私は清水宮に上がり、後宮の一角、北東部分に部屋を賜ってそこで暮らすこととなった。
妾妃として竜胆の別名を戴く。
正妃や側妃と言った、政治的地位を得た立場としてではなく、あくまでも愛人、妾妃として後宮に入ったのであれば、今後は外へ出ることはほぼないだろう。
後宮の女が外へ出る機会は限られる。職務上の都合もなくただ王の寵愛を受けるだけの妾妃は、家族に不幸があったとしても、王の許しがないと外へは出られない。
無論、来客を迎えることはできる。宰相の黄鼓は出入りできる身分だし、姉さんが黄鼓と結婚して妻に収まるなら、姉さんだって事前に届け出れば会いには来れる。
でもそれだって、毎日ではない。何日かに一度でも多い方だ。
妾妃となるにあたり、私の後見人は黄鼓となった。
黄鼓とて、私を即座に妾妃として後宮に入れるつもりはなく、いずれは後宮に入るとしても、まずは女官か侍女見習いとして清水宮に上げるつもりだった。なにせ私は年が13歳。28歳の明王の妾妃にするには若すぎるし、流浪の逃亡生活で貴族の子女としての教養が落ちている。
本来ならば、昨日は夏国王明理への挨拶だけを済ませ、約一ヶ月の準備期間を経て後宮に上がる筈だった訳だ。
だが、明王はそれを許さなかった。私も今更逃げる気もなかった。
今私の頭の中は、預かった命のことでいっぱいだ。
いかにして彼らを、斬首される筈だった10人程の民の命を、夏国の資源に変えるか。
私に課せられたのは、随分漠然とした課題だ。期限もなく、何をどうすれば達成できたのか、具体的な取り決めもない。
一つだけ条件があり、彼らが一つでも罪を犯した場合は全員斬首。
その場合は、私も連座して首を斬られる。
(吐きそう)
食べ物を逆流させるなんて、何て勿体ない。
だが、目の前で見た麗桟の死の光景が、明理が立ち上がって剣を胸に突き刺した音が、剣の抜かれた拍子に頬に飛んだ赤い血のしぶきの一滴が、まざまざと蘇る。
(考えるのよ。どうすれば良いのか。考えるのよ、照凛)
震えそうになる己を叱咤し、私は頭を働かせようとする。
一つだけ有利なことがある。
私には、自分を取り巻く人の運命の流れが、風のように感じられる。
感じ方は、自分に親しい人、影響を大きく及ぼす人程大きく感じられる。
処遇を預かった人々は、今まで全く会ったこともない、全き他人。でもその行いが私の命とかかわるのだとしたら、これは随分大きな影響だ。つまり、私は彼らの運命を相当強く感じることができるのではないだろうか。
「どうするつもりだ? 照凛」
後宮の自室が調えられ、ようやくその中に落ち着くと、黄鼓が問うた。
「とりあえず、彼らと話をする。今まで何をやって生きて来たのか、何ができるのか、聞くわ」
とは言え、私の中には確固とした一つの案があった。
麗桟の一族は、どうやら貴族らしい。
どれくらいの家柄かまでは知らない。一応私も貴族だが、面識がないのだから、大きな領地を持つとか、古い家柄だとか、政治に参画しているとかいったことはないだろうが、貴族ならそれなりの教育を受けている筈だ。
少なくとも字は書けるし、書は読める。
逃げ惑う毎日の中で、私は、たくさんの人々を見た。
好奇心にあふれている筈の小さい子供が、学ぶ機会もなく、ただただ食べ物を得るために朝から晩まで働いていた。そうやって育った子供は、どんな大人になるだろう。
貧しい生活の中で、病気で苦しむ子供を抱えた母親が、どうしたら熱が下がるのかわからず、医者にかかる金もなく途方に暮れていた。あの子はちゃんと元気になっただろうか。
(その子供は、もしかしたら私だ)
(その母親は、もしかしたら姉さんなんだ)
字が書け、書が読めれば、先人の知識で病を乗り越え、自分の能力を伸ばすことができる。
それをやる。
「彼らのできることを洗い出し、教師にする。片っ端から子供を捕まえて字を学ばせ、この国から無知による悲劇を撲滅してやる!」
政務があるからと黄鼓は退室した。暫くして、麗桟の一族の者が挨拶に来た。
一人ひとり名を聞く。王の前に引き立てられ、一族の長である麗桟を目の前で殺され、一度は斬首を宣言された彼らは、まだ不安が拭えず脅えていた。だが、もう彼らを拘束する縄はない。私に与えられた後宮の一角に彼らも居室を持っている。監視のためもあるが、ひとまず逼迫した命の危険は去り、最低限の生活が保障されたのだ。彼らは王の前で命を庇った私に感謝していた。
挨拶に来た中に、あの時見た赤子と、小さな女の子がいる。
「いくつなの? あなたは」
「七つです。照凛さま。麗鈴と申します」
舌足らずに言うさまがとても可愛い。黒い瞳と髪ががつやつやして、子馬のように純真に光っている。
手をとり握ると、私より小さい。当たり前だが、あまりの可愛らしさにきゅんと胸が鳴る。
(わたし、自分より小さい子供に弱いのかも)
「麗鈴。これからどうかよろしくね」




