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おまけ 夏国王の寵姫 3

翌日、私こと照凛と姉の照景、夏国宰相の黄鼓は、この戦乱のご時世にしては随分立派な馬車で快適な道のりを行き、夏国首都・洸へと向かった。

馬車はまず黄鼓の屋敷へと入り、そこで私は数人の侍女にとにかく飾り立てられた。夏国風らしく藍色と紫色の地に赤と銀で小さな薔薇がいくつか刺繍されたお揃いの上着と裳を身に着け、同じく薔薇を象った銀の簪を差す。お化粧はややきつめ、濃い色の服に合わせて唇にはっきりと紅がひかれ、目元に青い粉が振られた。

(皆私が13歳ってこと忘れてるんじゃないかしら。これって可憐な乙女の印象じゃないわよね)

一歩間違えれば、場末の娼婦のようなけばけばしさに通ずるところを、危うく保っている感じ。

(こういうのが王の好みな訳? それとも、愛妾候補でねじ込もうってんだからこういう派手なのになるの?)

小さい頃はそれなりの貴族の贅沢な暮らしをしていた時期もあった訳だが、私の記憶のほとんどは動きやすい麻や綿の、淡い色の単調(シンプル)な衣服で占められていて、どこか居心地の悪さを感じる。

ところが、姉さんは大絶賛だった。

「照凛の良いところがとっても良くわかる装いだわ。寒月さまは目も肥えているのねえ」

「私の良いところってどんなところよ?」

「物事を飾らずにずばっと言っちゃうところ。決断力に溢れているところ。なよなよしたところがなくて、気が強くて凛としているところ」

「それって、女子の褒め言葉じゃないよね!?」

「そうかしら? 私はとっても素敵だと思うけれど」

にっこりと小首を傾げて姉さんは微笑む。

「はじめにこのお話を頂いた時にねえ。正直、私は無理だと思ったわ。でも照凛ならきっと向いていると思って、寒月さまにそのことをお願いしたの。寒月さまは、姉妹二人で仕えたらどうかって、大分仰られたんだけど。やっぱり照凛だと、ちょっと年のつり合いが難しいから」

なんと、姉さんは私より先にこの話を知っていたのか。

しかも、自分よりも私を推していたなんて。

(私は姉さんを娼館に売り込もうとして、姉さんは私を愛妾に売り込もうとして、ある意味、似たもの姉妹だった訳?)

「清水宮で王さまにお仕えするなんて、私じゃとっても無理。ましてお子様がいて、正妃さまだっているっていうのに、私が言っても数が増えるだけで何にもならないわ。でも、照凛なら大丈夫だと思うのよねえ。ただ単に数を増やす以上のことができると思うから。

ねえ、照凛。貴女が小さい頃から姉さんはずっと思っていたのだけど、貴女は、その辺の方と結婚して幸せで平凡な人生を歩みましたなんて物語は、似合わないと思うわ。そうね、私が、よくある恋愛ものの主人公(ヒロイン)の親友で、毒にも薬にもならない役を割り振られるとするでしょ。照凛、貴女は、冒険活劇の主人公(ヒーロー)よ。それくらい、貴女と私の人生は差があると思うの。

お父さまもお母さまも早くに亡くなって、私たち生きていくのに必死で、しかも照凛には随分と苦労させたわよね。貴女は私よりもずっと聡いから、世の中のいろんなことがわかっていて、いつも頑張って私を庇ってくれた。世間のことに疎い私を抱えて、いつも、今よりはまし、昨日よりはましって比べて比べて道を選んできたでしょ」

死ぬよりはまし。娼館に行くよりはまし。確かに、私はいつもそんなことばかり唱えて、自分を納得させて来た。姉さんはそれにちゃんと気づいていた。

「でもそろそろ、そういうのはやめていいと思うの。幸いにも、私は寒月さまとご縁ができた訳だし‥。

今日からは、自分のしたいことをまず一番に選んだらどうかしら。

清水宮に上がるのは、私のようなものならとっても気後れして怖いことだけど、照凛なら大丈夫。

きっと楽しくて波乱万丈な日々が待ってるわ。だから、ね? ちょっと行ってみて、貴女のしたいように暴れてきたらいいのよ。姉さん、貴女の物語を楽しみに聞かせてもらうから。

それに、疲れたらいつだって帰ってきたら良いんだし」

「‥暴れて帰ってきたら、私と姉さんと、寒月さまの首が飛んじゃうかもしれないわよ」

くすりと笑って、私は返す。大丈夫よ、と姉さんは柔らかく繰り返した。

「寒月さまはとっても頼りになる方だし、いざってときはちゃんと守ってくださるわ」

「姉さん、あの、ずっと聞きたいなと思ってたんだけど、なんだか、随分具体的に寒月さまをあてにしてるわよね? 私たちただの居候で、そりゃちょっとは寒月さまは姉さんを気に入ってくれているみたいだけど、それだって、愛人とかそういう話なんじゃないの?」

「あら、言ってなかったかしら。私、寒月さまと結婚するの。結婚式には照凛も出てね。日取りはみてもらってるところで、もうすぐ決まると思うわ。今、衣裳を仕立ててるのよ」

「いいったいいつなんどきそんな話になっちゃったのかしら!?」

「うふふ、なあいしょ。あら、照凛にもわからないこと、あるのねえ。じゃあこれはしばらく言えないわねえ」

「寒月さまって、随分おじいさんよね!? まさか姉さん、無理やり何かされたとか‥」

「まあ失礼ね。確かにお年より上に見られるお顔をしているけれど、そんなにお爺さんじゃないわよ。それに無理やりとか、あんな素敵な方に言いがかりをつけるのはやめて頂戴」

「すすす素敵な方!?」

「うーん、照凛にはわからないかしら? 真面目な方で、いつも眉間に皺よってて、でもちょっと優しいところがほの見えて、それを指摘したら照れてますますぶっきらぼうになっちゃうような、そんなのって、ちょっとたまらなくない? 姉さん、ああいう人に弱いのよねえー」

くらくらとめまいがして、私は手前の小卓にしがみつくようにもたれかかった。

髪が崩れるわよ、と姉さんが優しく抱き起してくれたが、何だかもう何を言ったらいいのかわからない。なるほど、この姉さんとの縁が、黄鼓と会った時に吹いた『風』の源だった訳だ。

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