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おまけ 夏国の後継者争いは

「ちょっと父上!! 明香の秋国行きって、結婚準備なんだって!? 何それ僕聞いてないんだけど!!」

夏国王執務室の扉を開けて突入してきた明章に、への字口をして見せたのは、目当ての父――夏国王明理ではなく、年の離れた長兄、明禅だった。

すぐそばには次兄、明韻が立っている。

「‥父上は?」

清水宮を自室から王の執務室まで走って来たため、息を切らし、明章は尋ねる。無言で明禅が一枚の紙片を差し出した。無駄に達筆な字で書きつけてある。

『天帝にも休日あり。人の世の王もこれに倣う。』

「さっき宰相が何か叫んでいたみたいなのって、これが原因?」

「言わずもがな」

「こういう時、あの人は本当に捕まりませんよね」

頷く二人。

「って兄上たちがここにいるってことはさー、要件は同じってことだよね?」

明章は二人の兄を見回した。

執務用の黒檀の長机の側に足を組んで座っているのが、25歳明禅。容貌は夏国王明理に瓜二つと言われるが、明理よりも顔立ちに上品さ、誠実さ、生真面目さが現れている。平民から叩き上げの狼王明理が、貴族の御曹子として生まれ、順当に育ったならこうなったかもしれない、という雰囲気だ。

そのそばで立っていた21歳明韻も長兄に倣い、適当に壁際の椅子を寄せて座った。

こちらは明理や明禅とは別系統の貴族的で優美な顔立ちをしており、実際王宮の女性陣の人気を暁亮と二分している。暁亮が「助けてあげたい薄幸の美少年」としたら、明韻は「守ってほしい正統派王子様」的扱いだ。

そして突入した明章12歳。

くるくる巻き毛にくりくりの栗鼠のような瞳が特徴的な少年は、「愛でてあげたい弟」第一位(ナンバーワン)を絶賛獲得中。

明禅、明韻、明章、夏国の王子三人であった。

「明香が秋国に行くのは、明禅兄上のお嫁さんに秋国王女を夏国へお迎えするためって、僕聞いてたんだけど。いつからそれが、明香自身の婚礼準備になってた訳」

「あーそれがだな‥。どうも最初からだったみたいだな」

「私たちには意図的に伏せられていた、ということですね」

なにせ明香を溺愛して名高い三兄弟である。どんな妨害を企てることやらと警戒されたらしい。

「それでバレた時には父上は雲隠れ? ほんっとに鼻がきくったら‥!! 兄上たち腹立たないの? 明香がお嫁に行っちゃうんだよ、明香まだ10歳だよ!?」

「腹立たない訳ないだろう、うちの可愛い明香をなぜ嫁に出さんといかんのだ」

「まだまだ早いですよね。明香は、いつまででも清水宮でゆっくり暮らしていてほしいものです」

「だよねー!? そもそも10歳の明香の相手って、なんでそこで秋国王子なの!? 19歳と17歳じゃん! 年離れすぎ!」

「何も10歳の明香でなくとも、自国でもっと似合いの相手を選べばいいものを‥」

明禅のへの字口の角度が深くなる。地味に怒っているらしい。

「わざわざ明香に話を持ってくるというのは、幼女趣味でもあるのでしょうか? 許せませんね」

人当たりの良い優しい眼差しが売りの明韻が、腹黒い微笑を讃えている。

「でどっちなのさ? 陽梨と陽芳と。僕ちょっと秋国に行ってさくっと一服盛って来たいんだけど」

明章の趣味が毒薬調合であることは、明禅も明韻も十分に知っている。

「どちらかはまだ決まってない。現在検討中とのことだ。‥取りあえず、行かねばどうにもなるまい。先程宰相を絞めたところ、明香は秋の建国祭まで滞在して帰ってくるそうだ。それでだな、ここは一番年上の私が秋国まで迎えに行こうと思うのだが」

「はんたーい!! 行くなら僕でしょ? 明禅兄上は仮にも王太子じゃん! 父上があんなちゃらんぽらんなのに、王太子まで簡単に清水宮を空ける訳にいかないでしょ。明香と同母で一番年も近い、一番仲が良い僕が行くのがもっとも適当だと思います!」

「明章はまだ12歳だろう。無理だな」

「遊びに行くんじゃないんですよ。となると、妥当なのは私ですね。そういえば、秋の建国祭では今年は楽団を呼んで大々的にやるそうです。是非拝見して参考にしないと。それに、銀細工の件で暁亮から依頼も受けていますし」

「銀細工の件って、うちの職人を秋国に流す奴? 正妃が結構乗り気なんだっていう‥」

「うちから秋国へ売れるものはあまりないからな。銀の取引が潤いそうで助かる。話がまとまるにはもう少しかかるかと思っていたが、さすが暁亮だな」

「向こうで舞を披露してその気にさせたらしいですね。暁亮が舞まで嗜んでいるとは知りませんでした。私も見たかったな」

「僕ちょっとだけ見たことある。明香が頼んで練習させてたよ。きれいだったな。

‥って、話がずれてるよ! 今のわざとでしょ、明韻兄上!?」

流されてくれませんでしたか、とこぼす明韻。

「で、結局誰が迎えに行くんだ」

「私です」

「僕でしょ!」

「あーもうらちがあかん。私が行く」

「だから明禅兄上が行ったら駄目だってば! 王太子! 王代理!」

「そんなものおまえたちにくれてやる! あの父上のあとなど苦労するに決まってる。今だってたいがい苦渋の日々が‥。長男だからと当然のごとく押し付けやがって。王位など継ぎたくもないわ!」

「ちょっ、そんなこと言っていいの!? 明禅兄上がやらなきゃ誰がやるのさ!?」

「私は遠慮致します。ここは寵姫照凛さまの息子、今をときめく明章に慎んでお譲りいたします」

「僕一番年下! 12歳! 明禅兄上じゃなきゃ、明韻兄上に決まってるでしょ、正統派王子様!?」

「‥おまえら、そんなに後を継ぐのが嫌なのか」

と、3人の言い争いに4番目の声が入った。

はっと振り向くと、庭園側の窓が開き、夏国王明理が窓枠に手をかけ、ひらりと入って来る。

「父上。お帰りですか」

代表して問いかけた明禅を、明理はじろりと睨み、ため息。

「お前たちの気持ちはよくわかった。私も、継ぎたくないと言っているものに無理に継がせる気はない。ここは‥明香女王に即位を願うこととしよう」

「はあ!?」

「明香に!? 何考えてんですかあんたは!!」

「いや、これは父の苦渋の決断だ。3人も息子がいて、よもや誰もが王になりたくないと言い出すとは思ってもみなかった。秋国では誰が次期王位を獲得するか、さぞや騒がしくなるだろうと言うのに‥。

だが! 明香ならきっと否やとは言うまい。素直で可愛い明香なら、私も教育のし甲斐があろうというもの。それに、明香女王と次期陽王との結婚となれば‥おお、あっという間に夏国と秋国が統一するではないか。うむうむ、これはなかなかの名案、なかなかの英断、そうは思わないか?」

「思わんわ!!」

もしここに(ハリセン)の一つでもあれば明理の頭が即座に叩かれていただろう勢いで、明禅明韻明章の声が揃った。

「‥仕方ない。明香にこの苦労をさせるくらいなら、私が引き受けるしかない‥」

「すみません、兄上‥」

「明禅兄上‥」

のど奥から絞り出すような声で床を見つめて言葉を吐く明禅の肩を明韻が支える。そんな年長者たちを明章が見守る。

と感動的な場面かと思いきや、そこは明韻明章も自分が代わるとは言わない。

苦労性は長男明禅だけであり、下二人はちゃっかりしているのである。

「いいのか、明禅。父は無理にとは言わんぞ」

「他ならぬ明香のためだ。あのあどけない笑顔をいつまでも見守っていたい」

「立派な心掛けだ。父はおまえを誇りに思うぞ」

うんうんと頷く夏国王明理。

「‥っていうか、あんたがきちんと王として日々務めていればこんなこと言われんのだ、ちょっとは自覚しろ!!」

「いやあ優秀な跡継ぎに恵まれて幸せだな、はっはっはっ!!」

そんな訳で、夏国の後継者は明晴一択になったのであった。

ちなみに明香の秋国までのお迎えは明韻となり、明章は後でひどく憤慨したのだとか。

(腹黒! 陰険! 横暴!! by 明章)

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