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あの傲岸不遜な夏≪か≫国の獅子王、明王≪めいおう≫の娘にしては随分と地味だな、というのが陽梨の抱いた感想だった。
優雅さとは程遠くとことこと歩き、黒髪に紺色の瞳の王女は、10歳の小さな体で一生懸命秋≪しゅう≫国王の前に進み出る。
ぺこりと頭を下げ、にっこりと笑う。取り囲む秋国の重臣たちの間には、なぜか、親戚の子供が頑張って一人前に挨拶しようとするのを、微笑ましくもはらはらしながら見守ってしまう、そんな空気が流れていた。
実際は、同盟を結んだばかりの隣国、新興国夏≪か≫の唯一の王女の、歴史あり富める秋≪しゅう≫国王への拝謁にあたる。しかも、その王女は齢10歳にして秋の王太子に嫁ごうというのである。悲哀なり憂いなり緊張なり不安なり、なんなりと別の感情がその場を彩りそうなものだ。
しかし、現実そうはならず、周りを囲む大人たちはその小さな少女に妙に和まされている。
ある意味これは、そこにいれば場を支配せずにはいられない夏国王明理の血が、別の形で表れているのかもしれない。
「夏国王明理が娘、明香と申します。栄えある秋国王さまにおかれましては、拝謁をお許しいただき、ありがとうございます。しばらくの間お世話になりますが、何卒宜しくお願いいたします」
「長旅ゆえお疲れだろう。よくいらっしゃた。秋国は明香姫を存分にもてなそう。気を遣うことなく、ゆっくり滞在なさい。」
相手が年端も行かない少女だからか、それともこれもこの王女の効果なのか。秋国王陽斎までいつになく声が優しく砕けている。
ありがとうございます、と嬉しそうに明香は微笑んだ。
「して、夏≪か≫に戻った明理はどうしていた」
「はい。父王も、しばらく国元を不在にしていましたから‥お仕事と官吏に追われていました。というか、行方をくらましていました」
なるほどなるほど、と陽斎が頷く。
相手が関係改善に努めるべき隣国の王にしては、反応が気安い。
とそこで、陽梨ははたと思い至る。そういえば、冬≪とう≫国王、秋国王陽斎、夏国王明理は、若い頃は今は亡き大帝国・春≪しゅん≫の軍にて同僚であり、親しくしていたのだった。
19歳の陽梨にしてみれば生まれる前の話だが、陽斎や明理の中では、密かにその頃の絆が息づいているのかもしれない。
世の中はあっという間に変わる。栄華を極めた春帝国が、皇帝の狂気に瓦解し、時の重鎮であった三人の武将が帝国を分かち、三国が並び立った。その間わずか20年。狂った皇帝からそれぞれの土地の民を救うためとは言え、このような結末になるとは誰が予想しただろう。当の本人、三国の王たちでさえ思いもつかなかったのではないか。
そして今、三国のうちの二国が和を結び、王子王女の婚姻をもって血をまじえようとしている。
動乱期を経験した家臣は、夏国との婚姻に種々の感慨を抱いているようだが、秋王陽斎の中では案外、古くからの友人と子供どうしを結婚させることに喜んでいるのかもしれない。
とそこで、陽斎が陽梨を手招きした。
「明香姫、これが息子の陽梨だ。今後は宜しくお願いする」
「‥陽梨、字≪あざな≫は志保だ。‥」
名と字を告げる。字は成人した時に男子がその証として戴くものであり、家族や余程親しい仲でもない限り、名は呼ばず字で呼ぶ。父王に促されるまま陽梨は名乗り、そのあと言葉に詰まった。
何を言えばいいのかさっぱりわからない。
なにせ相手は10歳の子供である。しかし夫婦になる可能性もある。気安く話しかける市井の者でもない、一応は隣国の王女である。
前に立つと、小さい。背は胸にも届かないのではないか。しかし身を屈めるのも失礼な気がする。仮にも婚礼を前提で来訪しているのに、子供扱いもないだろう。
珍しく、陽梨は途方に暮れた。後ろ隣りで、幼馴染の周藍≪しゅうらん≫が苦い顔をしているのを感じる。
明香はそんな陽梨をじっと見つめ、やがて微笑んだ。
「志保さま、宜しくお願いいたします。恥ずかしながら、こちらのことをあまり知りません。いろいろ教えていただけると嬉しいです」
「ああ。まあわかることなら‥」
戸惑いつつ、陽梨が返しているうちに、陽王はもう一人の息子を明香に紹介する。陽梨の二つ下の陽芳は、待っていたとばかりにはきはきと明香に話しかけていた。
「‥陽梨。もう少し何かないのか。10歳の明香姫に気を遣ってもらってどうする」
小声で、周藍が話しかけてくる。自分でもそう思うだけに、返す言葉がない。
だが、どうしろと言うのだ。
向こうで弟の陽芳がやっているように、自分を売り込むのか?親切や愛想を振りまくのか?誰が?自分が?
そもそもそんなことをしてどうする。
仲良くなったところで、自分はこの少女と結婚でもしたいのか?好きでもないのに?
「何かぐるぐる考えているだろう。全くもう‥。だが今のは、少なくとも、遠方から来た貴人に対する態度ではないだろう」
軽くため息をつく友人に、陽梨もため息をつきたくなった。だが、陽芳と楽しそうに話している少女を見、陽梨はますます言葉に詰まっていた。




