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青風楽団が『四季恋歌』を奏で始める。

夏国王女明香が歌い、大使暁亮が舞った時と同じ楽の音だが、宴席の客人たちは先程よりもずっと耳を凝らし、目に力を込め、ひとときたりとも逃すまいと舞台に集中していた。

剣に見立てられた舞扇(まいおうぎ)が、巫女姫を演じる嵐玉に差し出される。

(王女明香が何よ。何の苦労も知らない、贅沢な暮らしに何の疑問も感じない、ただ無垢なだけの小娘よ)

嵐玉は扇を受け取り、天へと掲げ、目を閉じる。

(私は負けないわ。歌に関しては、絶対に絶対に私の方が優れてる!)

はっと目を開き、傲慢な女王が卑小な臣下に宝物を下賜するように、嵐玉は扇を暁亮へ下げ渡す。

そのあからさまに見下した視線に、しかし、暁亮は動じなかった。

澄んだ湖面の如く涼やかな顔で(つるぎ)を受け取ると、そっと目を細め微笑する。

(なっ--!?)

嵐玉が、観衆が、その場のほとんどの人が瞬間呼吸を止めてしまう。

それ程に、心とろかすような、光あふれるような、きらきらしい微笑み。

その一瞬で恋に落ちたと錯覚する程の、夜空に瞬く星のような藍玉(ラピスラズリ)の瞳。

嵐玉がはじめの一音を発する前に、暁亮はほんの一瞬の眼差しで、聴衆の心を鷲掴みにしてしまった。

宴席中の人々の視線をひきつけたまま、暁亮は受け取った(つるぎ)を眼前で縦にし、恭しくその(つか)に口づける。

巫女姫に恋して恋してやまないやるせない思いと、その思いを敢えて巫女姫に見せる、武将の情熱。

そっと息をつくその気配さえ感じてしまう程に、観衆は暁亮の(とりこ)になっていた。

『四季恋歌』の主旋律が始まる。

(多くの尊き命 その魂 うたかたのごとく消えゆき)

(数々の家が焼け 畑が荒らされ (うつ)ろに打ち捨てられていく)

楽団の音に何とか我に返り、嵐玉が歌い出す。だがその旋律は到底滑らかとは言えない。

込めた気迫が、暁亮の一瞥に霧散してしまう。巫女姫の嵐玉こそ、武将である暁亮の情熱を真正面から受けてしまい、その艶やかさに抗えず、動揺が隠せない。

(未だ終わりも見ない戦禍よ 父は家へ帰らず 息子は母から引きはさなれる)

巫女姫を守るために、暁亮は剣を構え、嵐玉に背を向けてしまう。寂しい。恋しい人に背を向けられる切なさに呑まれ、嵐玉の旋律から艶やかさが薄れてしまう。

暁亮は武将となって舞っていた。

先程と同じ楽、同じ舞い、さして何も変わらない筈の舞に、しかし先程よりもずっと恋しさ、色気を帯びた艶やかさが、指、足さばき、揺れる長い束ねられた髪の先にまで満ちてあり、人々は瞬きするのでさえ止めてしまう程に、暁亮を見ていた。

嵐玉の歌は届かない。観衆は巫女姫の歌よりも、武将の舞に魅了されている。

明香の時には見事に調和していた歌と舞が、今は合わない。舞い手の艶に歌が乗り切らず、寧ろ呑まれて旋律が乱れる。

(神よ 憐れみ給え 人の世の哀しみよ 続く別離の苦しみよ)

悔しい。

どうしても、わずかな一瞬、意識を取られて歌うのがおろそかになる。

なぜ明香はこの暁亮に引きずられなかったのか。

なぜ、このきらきらしい艶めく眼差しを当然のように受け止めて流し、歌いきることができたのか。

(我は祈らん この身なら捧げ給う 果てしなき火の中へなげうつ)

(我は祈らん この身を喰らい給え 渦巻く濁流にいざ飛び込まん)

天上の神々に届けとばかりに上って行く筈の声が、巫女姫の祈りが、適わず、失速し、地に落ちてゆく。

(ああどうか 穏やかに過ごす時を人々に返して)

(さあどうか 戦うあの人を守り 笑顔に戻して)

椿に響いた嵐玉の名が、のびきらなかった歌声と共に落ちていくのが目に見えるようだった。

せっかくの機会が、嵐玉と青風楽団に仇をなす。

この宴が終わり、人々の中に残っているものは何だろう。

この暁亮のきらきらしい舞。それと調和した純真な明香の歌声。

そして、調和しなかった無様な歌姫嵐玉。

明香との勝負どころではない。名を上げるどころではなかった。

はじめから、言いつけられた役目の通りに大人しく第二声をつとめ、明香を支え導いていた方が余程ましだった。

(我は祈らん この身なら捧げ給う 果てしなき火の中へなげうつ)

(我は祈らん この身を喰らい給え 渦巻く濁流にいざ飛び込まん)

もういい。どうか一刻も早くこの時を終えたい。

早く終わって。早く。

(ああどうか 穏やかに過ごす時を人々に返して)

(さあどうか 戦うあの人を守り 笑顔に戻して‥)

最後の一音にたどりついたとき、嵐玉の瞳は不覚にも潤んでいた。

音が去り、時が解け、嵐玉にとっては呪縛のようだった暁亮のまとう艶やかな空気が、ふっと緩む。

わっと歓声が湧き、万雷の拍手が返る。それはまぎれもなく暁亮に向けてのもの、嵐玉への喝采ではない。

あの小さな姫は、どうだったのか。

『つゆ草の紫挿す』で、嵐玉に主役を奪われ、歌声の披露の場を滅茶苦茶にされた明香は、自分あてではない拍手を聞いて、どんな顔をしていたのか。怒っていたのか。泣いていたのか。虚ろに笑っていたのか。

(――堂々としていたわ)

たった十歳の子供なのに。嵐玉のように、辛いこと悲しいことに囲まれながら生き抜いてきた大人ではないのに。

「‥嵐玉」

拍手の中、小さく近くから声をかけられ、のろのろと伏せていた顔を上げる。

先程まで、巫女姫である嵐玉に狂おしい程に恋い慕う眼差しを向ける武将だった暁亮が、今は罪人に裁きを授ける天人のような秀麗に整った凪いだ顔で、静かに嵐玉を見つめていた。

「もうわかっていますね。ならば言うことはありません。

‥思うところはありましたが、貴女は確かに椿の一の歌姫、歌声の艶やかさでは並ぶ者はない。明香さまも、きっとそう讃えられるでしょう」

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