1 おまけ
「娘を嫁に出す父親の心境を、思い馳せる日が来るとはな」
菓子をつまみ、しみじみと夏国王明理はつぶやく。
「そんなに意外? 明香が生まれたときから、お父さまは娘持ちでしょ」
良かれ悪かれ、この父親が自分という娘を計算に入れない訳がない。
家族を駒にする卑劣漢、ということではなく、持てるものすべてをもって何かに立ち向かおうとする、そんな強かな人間なのだ。
「なんだ、明香は怒っているのか? まあそう怒るな。よく言うだろう。男はな、子供が生まれただけでは親になれないものなんだ。なにせ自分で生んでいないからな。おまえの子だと言われ、育て、後からやっと実感がくる。それもいつ襲われるかもわからない」
真剣に憂えるような台詞だが、その眼差しは不敵に輝いている。どうだ面白かろう、と学者が研究対象を見つけた時のようなきらめきだ。
規格外の人物ではあるが、明香とて明理の子、明理のこんな振る舞いに呆れこそすれ驚きはしない。
その筈だった。
「暁亮≪きょうりょう≫もな‥。あいつが嫁ぐときも、こんな寂しさに狩られるのだろうな」
「‥おとうさま」
額を抑え、明香は返した。
「暁亮は、お父さまの娘ではないわ。第一、男の人です」
暁亮とは、夏国軍師華鳴≪かめい≫の秘蔵っ子で、今は隣国の秋≪しゅう≫に駐在し、夏と秋、二国間の友好に尽くしている。
18歳にしてその姿はたおやかな月神にまさり、その瞳の瞬きは夜空の星よりも煌めく、とか何とか詩人に謳われた、屈指の華人である。
「ああ、そういうことになっているな。だがなあ、あいつの婚礼を思い浮かべると、どうもこう、胸が痛んで。相手の男を締め上げたくなるのと、でかしたと褒美を遣わしたいのと、引き裂かれそうになる」
「‥」
「なんだ、明香は思わんのか?」
「思いません」
「おまえだってあいつに懐いていただろう。薄情だな」
「明香の婚礼の話よりも、部下の男の人が嫁に行くのに胸を痛めるお父さまの方が薄情です」
「そうかな。明香だって、あいつが花嫁衣裳を着るところを思い浮かべてみろ。なんだか切なくなって来るだろう?」
「‥」
‥切なくなってきた。
儚い月よりも儚い、男とか女とか性差を超越して美しい暁亮の顔を思い描く。そのほっそりとした全身が朱金の花嫁衣裳に包まれ、紅をさして紗を被った姿‥。
似合う。
けむるような藍色の瞳と目があっただけで、天女を見たように魂を抜かれてしまうだろう。
その唇が、そっと開いて、明香の名を囁いたら、囁いたら‥。
「お父さま。暁亮が結婚するときは、明香にもちゃんと教えてくださいね!」
「もちろんだとも!」
「有名な絵師の方に記録してもらわなくっちゃ。ううん、絵師がどんなにすごくたって、暁亮の美しさを表現できる訳がないわ。それに直に目に焼き付けたい。ああ、衣裳はどんなのがいいかしら?なまなかな装束では暁亮の美貌釣にり合わないし。暁亮の顔に負けない美しさなんて、この世であつらえることができるのかしら。でもやらなくちゃ。なんたって暁亮の婚礼、暁亮の花嫁姿ですもの‥!!」
‥やはり、どれだけ非常識な明理とは違うと思っていても、明香は所詮彼の子だった。
暁亮の性別など、その美しさの前にどうでも良くなって盛り上がる二人なのだった。