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(ああ 輝く星の光よ 小さく無数の希望よ)

(煌々と照らす月に 黒々と覆う雲に 隠れても変わりなく戻るあかりよ 人のいとなみの如くに)

『満天の星空の下で』を観桜の宴で歌った時は、明香は、高らかに澄んだ高音(ソプラノ)を存分に生かした歌い方を心がけた。

百人に倍する高貴な人々の前で着飾り、舞台に立ち、四つの楽器を従えてなお支配する、天へ駆けあがる程に純度高き少女の歌声を、あの時の明香は意識して歌った。

だがいま、この白く小さな野の花が一面に敷き詰められた泉のほとり、観客はたった一人、陽梨しかいない場所で、そんな風に歌う気持ちにはなれない。

もっと静かでいい。密やかで、優しくて、天への(きざはし)を上らずとも、地に満ちて抱いて癒すような気持ちを、そっと声に込めて、歌う。

(満天の星空のもと こころは眠る子らに向かう)

(安らかなれ 健やかな夢を抱いて 明日も野を駆ける翼を)

(満天の星空のもと 広がる家々を見守り)

(星は無数に輝く あまたの営みの道しるべとなって)

繰り返し部分は、重ねるごとに祈りささやくように、だんだんと小さくなり、そよ風に紛れていく。

歌い終え、陽梨を見る。灰色の冬の空のような眼差しは厳しいままだが、口元が満足したように小さくほころんでいることに明香は気づいた。

陽梨は頷いて、次の歌を要求する。明香はまたも歌う。

『母の恵みは大地の祈り』。格調高い旋律と歌詞を、秋国の貴人の集まる宴の席では、明香は殊に荘厳に歌うことを心がけた。そして、10歳の幼い明香は成熟した女性である嵐玉に歌い負けた。

(いのち育む母は大地のごとく 我らは大樹となる 母の恵みに抱かれて)

今はそんなことはしない。大地を象徴する母の想いは込められなくとも、母を愛しく思う子らの気持ちには、明香も寄り添うことができる。あの大観衆の前ではなく、この場でなら、素直にその姿勢が明香の中に生まれた。

(讃えよ その枝に葉が生い繁り その果実が大きく実るのは)

(地母神の(かいな)に優しく(いだ)かれてこそ)

(母の恵みは大地の祈り 自らを(かで)とし その犠牲顧みぬ)

息を吸い、吐く。今は大音量にこだわらなくて良い。ただ気持ちを込める。

(讃えよ その幹がたくましく太く 高く天を目指すこと(あた)うは)

(地母神の(かいな)に優しく(いだ)かれてこそ)

(母の恵みは大地の祈り 子らが豊かなれとただ望み その犠牲顧みぬ)

歌い終える。宴では敗北感が消えず苦しかった。今は違う。満足している。

宴で歌っていた時に、どうしてこんな気持ちになれなかったのか。

(途中から、嵐玉と勝負をしてしまっていたんだわ)

聴く人の気持ち、歌にまっすぐに向かう姿勢よりも、どう歌えば賞賛されるか、どう歌えば嵐玉に勝てるかを考えてしまっていた。

だから辛かった。苦しかった。嵐玉に負け、嘲笑される自分が悔しかった。

でもそれは、明香の歌ではない。

今よりもなお幼い明香に歌を乞い、泣き伏した、あの老いた官吏を見たときに生まれた優しい気持ち、

望まれて歌う、聴く人を幸せにしたい気持ちを、思い出す。

(私、大丈夫だわ)

(もう歌える。もう辛くない)

その後結局、陽梨は『つゆ草の紫挿す』も『四季恋歌』も所望した。それだけでなく、野苺を摘んでいた時に明香が口ずさんだ『野苺紅いよ』も通しで歌わせる。

明香も気持ち良く歌った。歌っているのかお喋りしているのか、わからなくなるくらい朗らかに歌い、さすがにのどがかすれてくると、陽梨が立ち上がって水筒に泉の水を汲み、差し出す。

「ありがとう‥」

冷たく清らかな水が、のどを潤していく。

「ここ、すごく素敵な場所よね。小星華がこんなにたくさん咲いてるなんて。志保さま‥陽梨、が、見つけたの?」

「ああ。たまたまな。あいつに水を飲ませたくて、手頃な水場を探してたときに見つけた」

あいつ、と言い、陽梨は乗って来た焦げ茶色の馬を指す。泉のほとりに繋がれた馬は、既に存分に水を飲んだのか、機嫌よく大人しくしている。

「嵐玉ってのに負けたとか言っていたか。それにしては、随分楽しそうに歌ってたじゃないか?」

「だって楽しいし」

意地悪く言った陽梨をものともせず、明香は笑顔を返す。

「気持ち良く歌えたわ。嵐玉に負けて悔しかったけど、もうそんなのどこか行っちゃった。陽梨のおかげね」

「‥いくらおまえがうまかろうと、歌姫に負けるのは当然だな。嵐玉がどうかは知らないが、ああいう奴らはずっと小さい頃から、生きるためにそればかりやるんだ。歌で金を稼げなければ食っていけない。そんな覚悟で歌っている奴に、お高い身分の姫君がちょっとお遊びで歌ったぐらいで、叶う訳がない。

命を張ってる奴らからしたら、おまえみたいなのは、なまじ上手なだけに許せないだろう。

嫌味の一つ二つでも言われたか? ま、当然のことだな」

「そうね。その通りだわ」

だから気にするな。意地悪く言う陽梨の言葉の裏に、そんな慰めが隠れている気がする。明香は嬉しくなって素直に陽梨の言葉に頷き、微笑む。と、一瞬鼻白んで陽梨はそっぽを向いた。

「ね、もっと歌っていい?」

「勝手にしろ。別に俺の許可がいることないだろう。のどは枯らすなよ。後で面倒だ」

陽梨は明香から少し離れた場所で寝ころび、空を仰ぐ。

野に広がる、白く小さな小星華が揺れる。その中に座った明香がそっと歌い出す。

たくさんの歌が、心地良いそよ風のように辺りを包んだ。

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