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白焼宮を出、首都椿の街を外れ、人の喧騒が聞こえなくなると、外套で覆われていた視界が唐突に開けた。片手で器用に馬を操りながら、陽梨が引っ張り、明香が見えるようにずらしたのだ。

馬は山道を進んでいく。土地勘のない明香には、どこをどう進んだのかさっぱりわからない。

道は、人里を離れ木々の間を縫うようなものだったが、それ程険しい訳ではなく、細々とした人の行き来があるのではと思われた。山道ではあったが、向かう先は山という程のものでもなく、小高い丘といった程度だ。

その道も、途中でそれて草の中を行く。

白く小さな花が一面に咲いている泉のほとりで、陽梨は馬を止め、明香を下ろした。

白詰草、春紫苑、白蒲公英、たくさんの白い花が咲いている。その中に、紅い蓮華草や紫の菫がちらほらと混じる。

一番多いのは、星型の花弁をした、爪程の大きさの、白い花。

小星華(しょうせいか)だ。春先に野山で咲く花だが、これ程群生しているのは珍しい。

さやさやと春風に、群生した小さな白い花が一斉に揺らいでいる。ささやくように、歌うように。

しゃらしゃらと音がするようなその光景に目を奪われ、明香が立ち尽くしていると、手を出せ、と後ろから声をかけられ、紅い小さな粒がいくつか落とされた。

野苺。

明香は一つつまんで口にする。

すっぱい。甘い。

じわっと唾がわく。芳醇な野の香りが口中に広がる。

ちょっと土くさくて、味が強くて、野性的な甘酸っぱさ。宮殿で供される洗練された上品な食べ物とは全く違う野の味。

「まだあるけど、食べるか?」

「食べます!」

一も二もなく返事した明香に、陽梨は左側の茂みを指さした。野苺がたくさんなっている。

明香は迷わず飛び込むような勢いで近づき、紅い野苺を摘んだ。

(おいしーい!)

摘んでは食べ、摘んでは食べる。小さい粒なだけに、あっと言う間に20個程も食べてしまう。

はっと気づいて食べるのをやめ、でももう少しだけ、と摘んでしまう。小さな赤い実を摘むのが楽しくなってしまい、やめられない。幸い、明香が摘んでもまだまだ野苺は残っており、このあたりの鳥だのなんだのが食べ物に困る様子もない。

(春の野で遊ぶかわいい小鳥 そこに苺がなってるよ)

(紅い宝石つついたくちばし 真っ赤に染まっておめかしね)

気が付くと、口をついて歌が出ていた。

(蛇さん蛇さん まだ起きないで 小鳥はおなかを空かせているの)

(甘くて酸っぱい野の贈り物 すこうし小鳥に分けましょね)

浅葱の裳をつまんで持ち、摘んだ苺を入れる。

50個ぐらいあるだろうか。甘煮(ジャム)が一瓶作れそうだ。いや、やっぱりそのまま洗って食べる方がいいだろうか。

気分良く歌いながら、野苺を摘む手を止めて立ち上がると、陽梨がじっとこちらを見ていた。

鋭い灰色の双眸が、明香を見ている。

気恥ずかしくなり、明香は歌をやめ、視線を下げる。

「‥さすが、きれいな声だな。気にせず続きを歌ったらどうだ」

陽梨は言ったが、そう言われて、再び同じ調子で歌うこともできない。

泣いていたところを見られた上に、その後野苺に浮かれて能天気に歌ってるところを聞かれて、どんな顔をしたら良いのかもわからず、うつむく。

野苺に飛びついて食べまくっていたところも、ばっちり見られただろう、と思うと、更に顔が熱くなった。

「今日はどうだった。観桜の宴で披露したんだろう。私は間に合わなかったが‥」

「‥志保さまはいらっしゃらなかったよね」

「ちょっと野暮用でな」

それ以上聞くな、と言わんばかりの苦い顔。

苦い顔しか見ていない。そう思うと、切なくなって来た。

この人が、笑ったり、和んだりする顔はどんな風かしら、と明香は思う。

「今日は、明香は四曲歌いました。最初の『満天の星空の下で』は上手に歌えたと思うけど、その後は駄目駄目だった。志保さまはご存知かしら? 椿で人気の青風楽団と、嵐玉っていう歌姫が来て、明香たちを助けてくれたんだけど、明香は全然負けちゃって、嵐玉の歌声がすごくきれいで、それで‥。

一生懸命練習したつもりだったけど、特訓って言っても三日だし、やっぱり本物の歌姫には叶わないってわかりました。

皆が明香の歌をうまいって褒めてくれたから、明香はちょっといい気になってたのかも。だから、志保さまは、きっと来なくて良かったです」

いつになく縮こまった声で言い、上目遣いにそっと陽梨の顔を伺う。

と、陽梨はまた苦いものを噛んだように目元を歪めた。

「その、気色悪い敬語をやめろ。あと、様付けと。おまえ、普段使い慣れてないだろう」

「え‥でも、あの、志保さまは秋国王子様、だし」

「おまえも夏国王女だろう。敬語が必要か? 俺は、その馴染んでない敬語を使われるのが嫌なんだ。おまえ、清水宮でそんな感じで喋ってないだろう。(あざな)呼びも苦手か」

言い当てられ、閉口する。王女という身分と、10歳という年齢から、明香は身近な成人男性を字で呼んだり、様づけすることはほとんどなかった。秋国に来てからは、さすがに自国とは違いそんなことはできないと、陽梨や陽芳のことを志保さま、志破さまと呼んでいたが、時々いつものように呼び捨てになりそうで、妙に詰まることがあった。

だがそんなことを、今までほとんど喋ったことのない陽梨に気づかれてしまうとは。

「使い分け、できなさそうだな」

「‥ごめんなさい」

ふふん、と得意気に言う陽梨に、明香は素直に謝る。不快に思っているだろうかと様子を伺うと、また苦い顔をされた。

「陽梨でいい、呼び捨てで。俺も明香って呼ぶから文句言うなよ」

一番うまくできた歌とやらを歌ってみろ、と陽梨は続ける。

「俺はまだ聞いてない。宴に遅れて聞き逃したのは自分のせいだが、泣き虫の誰かにつきあってここまで連れてきてやったんだ。野苺もとってやったぞ。それぐらい、奉仕(サービス)しろ」

陽梨は明香の近くまで来て、腰を下ろす。

(‥そんなに偉ぶらなくても、歌うのに)

くすり、と明香は笑った。

そして大きく息を吸い込み、『満天の星空の下で』を歌い始めた。


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