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青風楽団との音合わせを終えると、明香は侍女たちを連れて一旦自室へと帰った。
軽い昼食を摂り、着替える。夏国風の青と銀か、秋国風の橙と金か、どんな衣裳にするか迷ったが、結局夏国風にした。
わずかに黄味がかった白い上衣に浅葱の裳、紺色の帯を締め、帯飾りに、銀細工で星と月をあしらったものを留める。裳の裾には白糸と青糸で草花がぐるりと刺繍され、清楚ながらも華やかだ。
華音たち侍女四人も、明香程飾り立てはしないが、やはり白い上衣に水色の裳と、同系色の衣服に着替えた。
髪に、薔薇水晶と銀色の桜の簪を挿す。青系でまとめた服の意匠には合わないかもと思ったが、つけていたかった。挿してみると、反対の色味が意外と互いを引き立て、清楚だが冷たさも感じる青系の衣裳をやわらかく春めかせた。
西側庭園に戻ると、既に多くの人が集まっていた。
百人程とは聞いていたが、倍以上いるように感じる。
百人と言うのは主たる人々のことで、引き連れる部下や給仕に回る侍女たちを加えるとその位に多くなる。当たり前のことだが、単純に百人の前で歌うのだと思っていた明香は、予想を超えた人数に驚いた。
(大丈夫かしら、私?)
(ううん、--大丈夫よ)
先程まで、明香たちと楽団員くらいしかおらず、広々と感じた庭園は、舞台とその前を少し空けて卓が並べられ、今は手狭に感じる。卓には料理と酒がふんだんに用意されていた。
庭園にいる人々を満足させられる歌を披露できるのか、気後れもする。だが、明香は、そういうことは考えないことにした。
誰が何人いようと同じだ。求められ、歌う。精一杯やるだけだ。
「明香姫、調子はいかがですか」
舞台の方へ進む明香に、赤味がかった色の髪をさらりと風に揺らして、陽芳が声をかけた。
後ろには背の高い副官、玲威が相変わらずの無表情で控えている。
明香の隣で華音が急速に怒りをこみ上げたのを感じる。
明香に一言もなく、宴の詳細を伝えなかったばかりか、歌姫嵐玉含め、青風楽団を用意した張本人かと心中で罵倒していそうだ。無論、侍女の分を弁えた華音は何も口にはしないが。
「ご機嫌よう、志破さま。調子はいいよ。それに、今から大舞台が控えているし、調子が悪いとか言ってられないよね」
「それなら良かった。先日、咽喉の具合が良くないと断られたのを思い出してしまって、少し不安に思っていたのです。嵐玉には会いましたか」
「お昼前に一緒に練習したの。染み入るような、よく響く声を出すね。明香は知らなかったんだけど、有名な歌姫なのかな?」
「今、この椿で一に流行っている歌姫ですよ」
自慢げに陽芳は目を細めて笑う。
「青風楽団も闊達で良い音を出しますが、嵐玉抜きでは語れない。明香姫の披露の場ですから、とびっきりの楽を用意したくて、少々強引に招きました。お気に召しましたか」
「‥‥心遣いは、嬉しく思います。はじめに教えてくれていたら、もっと嬉しかったのに。今日聞いたから驚きが勝っちゃって」
「明香姫が嬉しく驚かれるところを、楽しみにして隠していたのですよ」
「‥‥そうなの」
複雑な表情の明香に、陽芳は今日の観桜の宴の段取りを伝えた。
陽芳がはじめの挨拶をし、陽王が祝いの言葉をのべる。明香が歌を披露した後、歓談の時間を過ごして、お開きとする。
明香は、はじめは舞台正面に設けられた貴賓席に座り、出番を待っていれば良いとのことだった。
いつになく熱っぽい口調で話す陽芳に相槌を返しながら、明香は思う。
(私、この人にちっとも好かれてないのね)
明香の歌の披露の場で、引き立て役とはいえ、陽芳の手配した著名な歌姫に明香が何を思うのか、陽芳にはどうでも良いことなのだ。
ただ、そうしたら面白い、それだけ。
人当たり良く明香に接していても、上辺だけのもの。明香は陽芳にとって血や肉を持った一人の人間ではない、適当にあしらっておけば良い玩具。
面白くなければ、自分に益がなければすぐに捨ててしまえる、いくらでもかわりのきく玩具なのだ。