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序章
城から出て馬を馳せ、どのくらいの時間が過ぎただろう。
喉の渇きを覚え、陽梨は馬を止めた。
白く小さな花が一面に咲いている。春先の、野山によく見られる花だ。
なんという名なのか、陽梨は知らない。興味もなく、教えられたとしても覚える気もない。
ただ、ほっと心が安らぐのを感じる。
さして大きくもない。華やかでもない、特別美しい訳でもない、ただただ一面に広がる、優しい白い野の花。
ふと手を伸ばし、その花を戯れに摘もうとして、やめた。
摘んだところで、もうその花は生きない。花瓶に挿したところで、美しくもなんともない。
ただ哀れなだけだ。やがてすぐにしおれ、干からびる。
それなら、このまま野にある方がいい。
昼間に星空が見えたら、こんな感じだろうか。
くくりつけていた水筒から水を飲み、渇きを癒す。わずかにこぼれた水が、その白い花の上に朝露のように散る。
やがて陽梨は視線を外し、行く先を見つめる。
陽梨が再び馬を駆り、走り出しても、その白い花はただそこにある。
風を受け、小さく揺れながら、歌うように、眠るように、ただ白く小さくそこで咲いている。