―Kの場合―
『三山斎が行方不明になった』
そんな知らせが俺のところまで届いたのはその日の昼過ぎ。
確かに驚きはした。しかし同時に「ああ、もうそんな時期だったか」と思う。
それほどに彼女――斎が11月になると行方をくらますのは年中行事になっていた。
彼女はいつも誰にも何も言わずに姿を消す。そしてその日のうちか数日後にはふらりと戻ってくる。
戻ってきた時にはすっかり普段の様子に戻っている。しかしその間どこへ行っていたのか、それははっきり語ろうとはしない。
斎のこんな奇行は4年ほど前から始まっている。
だから、実は、彼女の行動の理由は、分かっている。
――5年前、三山斎は家族を亡くした。それが、11月。
以来、11月が近付くと彼女は精神的に不安定になる。
そうして、ふらりと姿を消す。
なぜ、どこへ行っているのか?
少なくとも――死のうとしているのではないことは確かなことだ。
その日は早退することにした。幸い、仕事も込んでいなかった。少なくとも昼までは。
昼過ぎにそっと仕事場を出た俺は、頭の中でいくつかの場所をリストアップしながら、電車を乗り継いで実家に戻り、車を借り出した。
実家の母は何か言っていたが、ろくに聞かなかった。
――そんな自分に、少し経ってから驚きの感情が広がってきた。
実家は今の住まいの隣の市にある。
そこから車を走らせながら頭の中で再びリストをさらう。
といっても、思いつく先はそんなにたくさんない。
卒業した学校、前の勤め先。今現在の生活環境を除けば、驚くほどに彼女のことを知らない自分に気付く。
といってもそれが当然なのだ。
斎との付き合いで、一番距離が近かったのは恐らく学生時代だが、それとてそんなに長いものではない。
何より、『現在』が大切だった。それだけでよかった。
――本当にそれだけでよかったのかは、誰にだって分かるわけもないと思う。
学校そばのコンビニに車を止めて構内に入る。
授業中なのか、人気は少ないが、雑然とした雰囲気は今もあの頃と変わらない。
初めて会ったのは、彼女が入学したてのときだった。
髪が長かった。真新しいスーツに、踵の高い靴音。メイクも、今より派手だったかと思う。
全体的に、「女子大生」というやつだった。
そして、どちらかというと苦手なタイプだった。
はっきりした性格からくる言葉は無意識でも痛いところを突いてくるものだった。
だから、よくわからない。
彼女がなぜ俺を気に入ったのか。
卒業後も付き合いが続いているのか。
――なぜ、俺がこんなに斎のことを気にかけなくてはならないのか。
斎の以前の職場の前を通り過ぎ、少し迷って彼女の家に行く。
無駄と思いつつインターフォンを鳴らすがやはり何の返事もない。
再び車に乗って、海の方へ向かう。
夕方近い海浜公園は母子連れの遊んでいる姿や、のんびりベンチに腰掛けている老人の姿、キャッチボールやらスケートやらで遊んでいる子供の姿で賑わっていて、翳り始めた陽光が穏やかで暖かかった。
斎はこの公園が好きだった。
気が向くとここへ来て海を眺めているのだと言っていた。
自分自身のことを『水の民』だとか言う彼女にとって、この場所がどんな意味を持つのか、正直なところ俺には理解できない。
ただ、この高い空と上空に散らばる白い雲、くすんだ蒼い海、そして鈍い緑。この光景を愛せることは、少なくとも悪いことではないと思う。
ここで、ただ無言で沖を眺める彼女。
夜の満開の桜の下で明るく笑う彼女。
薄明かりの下でグラスを傾け夢現の言葉を紡ぐ彼女。
そのどれもが必ずしも愛しむものではない。
でもどれかが欠けて目の前から失せたとしたら、それはとても嫌だと思った。
無言で見通してくるような目も、突き放したような物言いも、やわらかなぬくもりも、それは既にこの世界から失われることは考えられないことだった。
「しょーがない、のか…………?」
認めるのはどこか癪に障ったが、無視するのはやはり自分を偽っていると感じられた。
気が付くと陽はすっかり落ちていた。
急に肌寒さを感じて、俺は立ち上がった。
車を暖める間少し考えた。
それから車を駅に向けた。
―――菅田千尋(カンさん)の場合―――




