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―Mの場合―

 15時過ぎの客との打ち合わせは滞りなく終わった。

 といっても、今日の主な打ち合わせ内容が予算の詰めと書類の確認という、事務レベルのものであったからこそだ。これがプランの打ち合わせであったなら、私にはお手上げなのだ。

 そう考えると、三山に怒ってもよいのではないかと他人からは思われそうだが、私にはそれはない。むしろ都合よくこの日を選んだ三山に感謝をする。

 そしてこんな私のことを、親しい友人どもはこぞって「甘やかしすぎ」だと言う。

 私自身は三山に甘くしているつもりはない。でも彼女のことが私の中で一番であることは否定しない。



 私が三山と出会ったのは大学生のとき。同じ学部の同じ学科だった。女子の多い学部だった。

 当時から私の性格は変わらない。…少しは協調性というものはできたとは思っているが。親しく話す友人はいるが、特にそれ以上懇意になろうという努力には乏しかった。だからといって別に不便を感じたこともなかった。それで全く構わないと思っていたのだ。

 あの時までは。


 私が大学に入学して数ヵ月後、私の親がとある脱税事件に関わり、逮捕された。幸いというか何というか、罪状は軽く、今現在は日常生活に戻ってきている。

 だが、それでも当時は、新聞にも取り上げられるほどの事件の関係者であった。実家を出て一人暮らしをしていた私のところまで来た記者もわずかではあるが、いた。

 そしてそんな状況は、私を周囲から孤立させた。

 数少ないながらもいた親しく話をする友人は私から距離をとり、聞こえるか聞こえないかの陰口は、私にも届いた。


 気にしているつもりはなかった。

 小学生の子供くらいならともかく、いい加減いい年をした大学生のこと。あからさまないじめや嫌がらせなどはなかった。

 それでも気が付いた時には私が友人と思っていた人は私を避け、法学を志していた私を責めるような声も聞こえてきた。

 気が付かないつもりでいた。

 でも気が付いたら、私はひどく孤独で、傷付いていた。


 そんな時、ただ一人私を避けなかったのが、三山斎だった。

 別に彼女が何かしたわけでも、何か言ったわけでもない。

 何もしなかった。何も態度を変えなかった。でもそれこそが、私を本当の孤独に陥れることを避けた。

 私はいつまでも、彼女の言葉を忘れない。

「ミコが何か悪いことをしたの?何もしてないでしょう?」

 何かの会話のはずみのそんな短い一言。

 何でもない、そんな普通の一言が、今なお私の中から消えない。


 幸い、事件はそんなに長い間世間を騒がせることもなく、私は無事に二年次から法学の専門コースに進んだ。

 世間も、そんな事件のことはすぐに忘れ、話をする友人も、また戻ってきた。

 三山は、終始一貫変わらなかった。事件の前も、最中も、後も。

 コースが違ったことで授業もあまり重ならなくなった。

 でも、会えば会話は弾むし、どこかへ遊びに行ったり、買い物をしたり、飲みに行ったり。そんな付き合いは、彼女と一緒のときが一番楽しかった。

 私は、彼女と一緒にいるときが、誰といるよりもいつも気楽で、誰といるより楽しかった。


 そしてそれは、今でも変わらない。



 他人がどう思おうと、構わない。

 私には、三山が大切だ。

 私を救ってくれた、三山が幸せであってほしいと願う。

 三山自身がどう思っていようと、私には三山が大切なのだ。


 三山には幸福であってほしい。

 だから、あの男は気に入らない。

 誰よりも気に入らない。

 でも、三山はあの男をおもっている。

 だから、私にはそれ以上何も言えない。

 三山の幸福は、三山が選ぶもので、私が選ぶものではない。

 だから、気に入らない。

 あの男は、気に入らない。




―――立花美子(ミコさん)の場合―――

 


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