4. HERCULES
日本:SITL(犀川工科研究所)
「ジョーのヤツめ、すっかり生意気になりおって」
元蔵は、休憩室で携帯電話の通話ボタンを切りながらブツブツ言っていた。
ここは、『SITL(犀川工科研究所:Saikawa-Institute-of-Technology-laboratory)』。
犀川元蔵が、10年前に創立させた、工学研究所である。主に、国や民間から依頼された、新しい技術や、物、方式などを委託開発する専門機関だ。
今まで、『通電性伸縮リキッド(CordName-RAg004485Sa)』や『超耐衝撃性温度センサー(CordName-HK000025Sg)』、『大規模災害時交通管理システム≪ASTOS≫(CordName-RAg004822T)』から『深深海潜水艇『雷華Ⅱ』(CordName-TAg002361MM)』まで、約1千点以上の物を世に出し、世界的にもトップレベルの開発力を持つ研究所だ。
海外からの依頼も多く、一部軍事関係からの開発依頼もあると、噂されている。
現在、114名が職員員として勤務していた。
「所長、ジョー君の電話ですか?」
元蔵を後ろから声を掛けてきた女性がいた。白衣に眼鏡姿、両手をポケットに入れたまま、人の良さそうな笑みを浮かべ、休憩室に入って来た。
「沙織君か。ハハハッ、最近じゃ、口答えばっかりする様になりおって、まったく困ったヤツじゃ」
『北島沙織』
26歳、『SITL(犀川工科研究所)』のエンジニア。 犀川元蔵の愛弟子と呼ばれている、電子機器部門所属の優秀な技術者だ。元蔵が客賓教授をしていた時期に、受講していた生徒だったが、卒業後に元蔵を師事し、そのままこのレベルの高い『SITL(犀川工科研究所)』に入ってしまった。柔和な顔をしているが、なかなかの才女で行動派だ。
「よろしいじゃないですか。それだけ心を開いている証拠ですよ」
「……まぁなぁ」
元蔵は、沙織を遠い眼差しで見つめ、急に語り始めた。
「アイツは…、11年前、息子夫婦が事故で亡くなってワシが預かった。ジョーが8歳の時だ。はじめの頃はワシらになかなか心を開かずに、苦労したわなぁ」
「交通事故でしたっけ?」
「あぁ。大型トレーラーの玉突き事故でな。当時一番最初にぶつかったのが息子夫婦達が乗っていた車だった。みな即死だったらしいが、その中でジョーのだけは、奇跡に助かったんじゃ」
「そうだったんですか……」
「……トラック運転手の過労による居眠り運転だったそうだ。ジョーもまだ親が恋しい年頃だったんだろうなぁ、搬送された病院では、自分のケガもお構い無しで、片時も息子夫婦のそばから離れ様としなかった……」
「それは、大変でしたね……」
「葬儀の時も、最後まで誰とも喋らず、泣きもせず、ワシと妻は、アイツが事故のショックで口がきけなくなったかと、思った程じゃ」
「……」
「それから数日後、やっと納骨まで済んだその日の晩じゃ、夜中に大きな声が聞こえてワシらは眼を覚ました。 アイツが、ジョーが大泣きしていたんじゃ……。 そりゃ狂わんばかりの泣き声だ。妻は孫のジョーを必死に抱きしめ、やっとの思いで事情を聞き出すと、親父との、つまりワシの息子の約束で、『ジョーは一人っ子だから、もし、お父さん達に何かあったら、葬式が終わるまで、決して泣くな』と言われていたそうだ、もし、息子夫婦に何かあった時、ジョーがくじけない様にという、息子なりの気配りだったんだろうな」
「…………」
「ジョーも、必死で我慢していたんだろう。誰かと話せば泣いてしまうから、誰とも喋らなかったそうだ。そのけなげさにワシらも心を動かされ、当時、英国で仕事をしていたのだが、ジョーを引き取る事にして、それをきっかけに、日本へ戻ったんじゃ……」
「そうだったんですか……」
「その事については、別に後悔は無い。むしろジョーを引き取ってからは、ワシらも孫を育てる事が、生きがいになっておる。」
「それは良かったですね」
「しかしなぁ……」
それまで、神妙に話していた元蔵だったが急に睨み付ける様に天井を見上げて。
「……?」
「それがっ! 今となっちゃー。な~ま~い~き~に~!!!」
「し、所長!?」
「あ、アイツはワシに対する尊敬の稔がまぁっったく無いっっ!!! なぁ~にが『困っているのはどっちだ?』だっ!!! スクスクと図体ばっかりデカくなりおってッ!!! クッソったりゃ~~っっ!!!」
「プッ、クククッ…………。」
両手で握り拳を作り、ががみ込むようにすると、その拳を外から内側へ、ねじり込む様な動きをしながら、ぷるぷると震わせていた。 元蔵は、りっぱな技術者だが、妙に子供っぽいところがあり、年甲斐もなく負けず嫌いだった。
それを見て、沙織は笑いを必死で我慢していた。
『犀川所長、犀川所長、パーク1番をお取り下さい』
館内放送が流れる。
「ハァハァハァ……ハァ、な、何だ?」
アゴに飛んだ唾を、右手の甲と、左手の平で拭いながら、休憩室に設置されている電話の受話器を取った。
「ワシだ。なに!? そうか、わかった。すぐ戻る」
電話を切る。
「沙織君、MITからコート剤の調査結果が届いたそうだ。ワシは先に戻る。でわな」
「はい」
言いたい事だけ言って去ってしまった、元蔵の後ろ姿を見ながら、休憩室に残った沙織は、ああやって怒りながらも、ジョーに対して、深い愛情をもって、元蔵は接しているのだなと一人で納得していた。
流れの都合により、サブタイトルを変更しました。
すいません。