9:Holy Land which is not seen
鉄球は、不規則にうねりながら蚊柱の様に集まり、まるでそれが一つの生き物の様に、ウォンウォンと不気味な回転音を立て、施設の中を通路を移動して行く。
10M程先の瓦礫の隙間に、二匹の小鼠達が、外の森から入って来たのであろうか、せわしく鼻を動かしながら餌を探して移動していた。
パチャッ!
パチャッ!
鉄球のセンサーが小鼠を感知すると、飛んでいる一個の鉄球の先から 鋭利な刃物状の物が伸びて、瞬時に小鼠を二匹共殺してしまった。
『ジャコルダの眼』と呼ばれるこのゴルフボールほどの鉄球は、一つ一つは、球体に刃物があるだけのとてもシンプルな機能のモノだ。しかし、互いのセンサーを駆使し、ネットワークを組み情報の共有化すると、巨大な破壊力を持つ。1000個でも10000個でもその数ぶんだけネットワーク拡げる事が可能な大量破壊兵器の一つだ。トレン公暦869年。今から11年前にとある部隊がこの兵器を使い、オズルト領国境付近の街を一つ、丸ごと殲滅させた過去がある。
『オギール虐殺』と呼ばれ、現在でも機動部隊『エル・バザーブ』の黒歴史とされている事件だ。
オギールは、宝珠の媒体である『磁傀水晶』の原産地とする街の一つであったが、国境付近という場所柄、鉱脈の権利を巡り隣接国の『バールデン領』とのイザコザが絶えなかった。
ある日、国境を仕切るフェンスが600MMほど切り取られて穴が空いているのを警備隊員の一人が発見した。 フェンスには10000Vの電流が流れているので、動物が開ける事など考えられない。すぐさま当時の警備隊長だったボナーに報告を入れた。
ボナーは、そのフェンスの穴を見てバールデン領からの侵入者と判断し、オズルト領第一級管理対象物に指定されている、磁傀水晶を他国に流出するのを他防ぐ為、オギールの街全体に戒厳令が施行された。
そしてトラブルが起きた。侵入者の調査が遅れ、戒厳令が、二週間目に入った頃、行動に規制をかけられ、磁傀水晶の採掘納期が遅れた事に不満を持った街の人達が、国境警備隊を相手取り、乱闘事件が発生させてしまう。普段から高圧的な態度のせいで人々から『グーマール(不遜で下品な輩達)』と呼ばれ嫌われていたボナー達、国境警備隊員は、今回の事件にも高圧的な態度で対応してしまい、結果的に火に油を注ぐかたちとなってしまった。乱闘事件から暴動にに形を変え、流石に手に負えなくなったボナーは本庁に応援部隊の要請を行なった。
その時、オギールに来たのが、今期士官学校を卒業したダプタ隊長が率いる『52-8 ベールイン部隊』だった。
ボナーは、自分より若く新卒上級士官であるダプタ隊長を見て小馬鹿にしていたが、部隊はオギールに到着後、ベイマスを使い効率的に暴動を鎮圧して行った。やがて暴動が収束に向かい終わりが見えた頃、暴動の主犯格数人の男達が磁傀水晶の採掘現場に逃げたと情報が入って来た。
ボナーはすぐにダプタ隊長に報告し、採掘場に向かわせ、自分も遅れて向かった。
現地に着くと、何故か部隊は何もせず採掘坑の前で、皆が困った顔をしていた。
ボナーがダプタ隊長に諌めると、坑内の磁傀水晶が持つ強力な磁気の影響で、ベイマスやロゲーリム《機械化人間》達が誤動作を起こしてしまい突入出来ないらしい。
今回の出奔は暴動鎮圧の為、対磁シールド等は準備をしていないと言うのだ。
ボナーは、このままでは困ると不平を言うと、ダプタ隊長は暫く考えた後、搬送用トラックから1500MM四方の木箱を二つ運ばせて来た。それが『ジャコルダの眼』であった。元々街の人々の暴動鎮圧用に持って来ていたのだと言う。この鉄球であればシールドされている から坑内でも使えるであろうとダプタ隊長は説明した。
但し、ミッションカルテの書き換える為、一旦オギールに戻らなければならないと断りを入れた。
これ以上暴動を長引かせては自分の立場も危ういと考えたボナーは、時間を惜しみ、何とかこの場で作業を始める様にダプタ隊長に進言した。
若いダプタ隊長は、環境が整っていない現地での書き換えはリスクがありすぎると反対するが、ボナーは強く訴えた。やむなくダプタ隊長は渋々承諾し、部下のチューナーにこの場でのミッションカルテの書き換えを指示をした。
しばらく後、書き換えの済んだ100個の鉄球を地面に並べ、一斉に起動をかける。
鉄球達はウォンウォンと旋回を始め、やがて群れをなし、浮きあがちった。鉄球はそのまま坑内に向かっていくだろうと皆が思っていた。
『『!?』』
その時である。
近くにあった、他の鉄球を入れていた木箱が急にガタガタと音を立て始め出した。
まるで、箱の中で、急に猛獣が暴れ出したかの様に見える。慌てて兵士たちが木箱を抑えようとしたが、すぐに吹き飛ばされてしまった。
次の瞬間、大きな爆発音がして木箱が砕け、何万もの鉄球が空に舞い上がっていった。
その異常事態に、ダプタ隊長はすぐさま鉄球の停止を指示するが、鉄球は止まらない。チューナー達の命令が、全て拒否されてしまうのだ。
鉄球達は、竜巻の様に辺りの人も物もことごとく破壊して行った。
ボナー達、国境警備隊も、ダプタ隊長率いるベールイン部隊も、その渦に飲み込まれて行った。磁傀水晶の採掘場所は、散らばる肉塊と血の海で地獄絵図となってしまった。
更に鉄球達は、次なる獲物を探してオギールの街に向かった。
後に、街も採掘場所と同じく人姿を成すモノは皆無となってしまっていた……。
被害者数21531人、生存者無し。
『ジャコルダの眼』の誤動作により一つの街が殲滅してしまった。
これが、『オギール虐殺』といわれる事件である。後にエル・バザーブの本庁より事件の調査団が訪れ、徹底した調査が行われた。
半年後、本庁に提出された報告書によると、直接の原因はミッションカルテの書き換え時のエラーであると指摘された。採掘場での書き換えがおこなわれたその時、磁傀水晶の磁気影響により、鉄球達にミッションカルテが正常に書き換えられなかった事か問題であるとの内容だった。この事件後、オギールの街と採掘場所は軍の管理区域となり、全面的に立ち入りを禁止された。軍が歴史の闇に封印する事を決めたのだ。
『ジャコルダの眼』については、皮肉にもその性能が証明され、一部の仕様変更及び、使用者の制限が設けられ事故のリスク回避のみが行われただけだった。
事件については、11年たった現在でも二つの謎が残されている。
国境のフェンスが空いていた理由と、逃げた暴動の主犯格達の行方である。これらの件については当時の報告書では一切触れられていない。生存者が居ない為、調査団の確認する手だてが無かったのだ。
よってこの話しは、機動部隊『エル・バザーブ』の中で密やかに語り継がれている『オギール虐殺』の謎として……。