7:Holy Land which is not seen
「ノスト、奴らもすぐにやって来る。早くここから出てヴォルの所に戻ろう」
「はい」
ジョーはノストゥラから身を離すと、闇の中、視界の効かないノストゥラの手を握り、流れる砂を下る様に出口の方に向かってまた歩きだした。
以前はきちんと整理されていた工作室も、足を踏む場所も迷う程、辺りは散乱していた。
壁に掛かっていた工具も全部落ちてしまい、コンクリートの柱が壁から飛び出し床に横たわっている。二人は、ソロソロと足下に気を配りながらその柱を迂回しようとした。
ガチャン!
「あっ」
ノストゥラが何かに足をぶつけたらしく、咄嗟に声が出てしまった。
「どうした?」
「いえ、何でもないです。何か足に当たった様なので……」
ジョーは振り返り、ノストゥラの様子を見るが、彼女は問題無いと言い、歩き出そうとした。
「!?」
その時、ジョーはゴーグルの視界の中にチラッと何か光る物が見えた気がした。
『Heat sensing mode(熱感知)』の目を凝らし、その方向、つまりノストゥラの足下を見てみる。するとそこに砂に埋れ始めている、薄ら汚れたある物を見つけた。どうやらそれが ノストゥラの足に当った物らしい。
「これか」
それは以前、沙織が見せてくれた『ARゴーグル』と『ARグローブ』が入っていた、ジュラルミンのケースだった……。
オズルト領 フレイナン森林地帯 SITL(犀川工科研究所)外壁近く
ザンブルのメンバーが西側ゲートに辿り着いた時に、ギャスターズが、何かを見つけたらしく、ある所をジッと見つめていた。
「おい、なに見てんだ」
細身に長身、全身に刺青を入れた男が話しかけた。
「コボル、コレ見てみろよ、どこの言葉だ? 全然読めねぇ」
ギャスターズが、外壁に書かれた文字をなぞりながら刺青のコボルに話しかける。
「ぁあ? ……何よこれ? こんな文字見た事ないなぁ……」
コボルは、右手を顎にそえながら、女性の様にしなをつくり考えている。
「ザブンダじゃないみたいし……」
「ザブンダ語は、こんなモノではなぁいっっ!」
後ろにいた、ザイビクスが、何故か変なアクセントで強く否定し、話に加わって来た。因みに彼の妻は、ザブンダ出身の恐妻だ。
「じゃコヘルタナーかしら」
「なにっ!? 古代語かっ!?」
「俺、ミドー(大学)で、古代アルケニア選考してたけど、こんなのクソコヘルタナー語なんかじゃあねぇーよ」
ギャスターズが、否定した。
「じゃあ何よ」
「アムール語とかは?」
更に、今度はサジーが話に参加して来た。
「あ! 西アムールか、確かに似ている」
「この位置の丸とか、確かアムール語だと、二度繰り返す、強調するって意味のはずです」
「「ほぉ~」」
ギャスターズ、コボル、ザイビクスは、サジーの博識に感心した。
「しかし、なんでこんな所に、凶暴そうな動物の絵と、アムール文字が書かれているのでごさる?」
「クソ魔除けかなんかじゃねぇの?」
「いや。イヤイヤイヤイヤッ!」
コボル何か思い出したらしく、あわててそこからメンバーを離そうとする。
「そこからすぐ離れて! 触っちゃダメよ。コレは呪詛罠だわ」
「わ、罠でごさるか?」
「西アムールで思い出したんだけど、コレと似た物を見た事があったの。ほら、この動物の上にある丸い包の様な物、コレはサカリ(麻塩)よ。よく儀式に使う」
「サカリ(麻塩)って、チム族や、北の魔女達が使う幻覚剤でござるか?」
「そう、それ。嘗て西アムールに居た『サランジュ』と言う陰陽術師の使う結界よ。無闇に触ったり、その近くに居ると強烈な幻覚を見せられるらしいの」
「「おおぉ!?」」
どよめき慌て後ずさるギャスターズ達。
「ハイハイ」
パンパン手を叩きながらジェミイが寄って来た。
「カス共、ズウォーム隊長もお待ちになっている、馬鹿やってないで早く行くよ」
「「ウィっす」」
ジェミイに突っ込まれギャスターズ達は、しぶしぶ歩き出し『SITL(犀川工科研究所)』の敷地内に入って行った。
ギャスターズ達の通り過ぎた後、そこの壁には、ブルドックのイラストと、日本語で『ペットの糞はお持ち帰りください』と書かれてあった。
午後の日差しが、傾き始めて来た頃だった……。