5:Holy Land which is not seen
ジョーは周りに掴める物はないかと、腰まで埋まった状態で両手を広げ、振り向いて探す。
しかし、助けになる様な物は何処にも無い。
辺りの物を全てザイビクスの電子兵器カイマインが、砂の様に粉々にしてしまったのだ。
焦るジョーを、瓦礫の砂はサラサラと音を立てて、地中に引きずり込んで行く。
すぐに胸元まで埋まってしまっていた。
「ジョーさま~、何処ですかぁ~」
その時、ノストゥラの声が遠くから聞こえて来た。
ジョーと離れている事で不安になり、いつものビョーキが始まって、我慢出来なくなったノストゥラが、探しに来たのだ。
「ジョーさまぁ~」
迷子になった子供の様に、ノストゥラは彼方此方を覗き込んだりしながら、不安げにウロウロとさまよっていた。
(まーたか。しょうがないなぁアイツは)
そう思うジョーだったが、とは言え、自分に余裕がある状態ではないので、急いでノストゥラに声を掛けた。
「ノストッ! ノストッ! ここだーっ!」
ジョーは、残された左手を振りながら、必死にノストゥラを呼ぶ。
「じ、ジョーさまっ!?」
声のする方を向き、ジョーの姿を見つけると、眼を輝かせ、大急いで駆け寄って来た。
「ノストーッ! ちょっとそこから俺を引き上げ……へ!? ば、ノストッちょっと待てっ! わーっ! 来んなっ! バカ止まれぇーーっ!!」
ノストゥラは、ジョーが流砂にハマっているのも気にせず、ドカドカとジョーに駆け寄って来た。
「ジョーさまーーっ!!」
ノストゥラは、その状況のままヘッドスライディングでジョーに抱きついた。
大量の砂が舞い上がり、ジョーの顔に激しくかかる。
「ペッペッペッ………うぅ…」
ガクンッ!
ザザザザーーーッ!
ジョーの体重に彼女が加わり、埋もれて行く速さが加速した。
「ジョーさま~♪」
ノストゥラはジョーに会えた満足感で、現在の状況が理解出来ていない。
「わーーっ!、ノストーーッ! 沈むーーっ!」
「えっ?」
そうして今度は二人になって、吸い込まれる様に沈んで行った……。
『R』。
SITL(犀川工科研究所)が、開発していた、新世代のコンピューターだ。
超並列性処理により、既存のスーパーコンピュータの数千倍の処理能力を持つ量子コンピューター。特に虚数演算処理に長け、まだテスト段階ではあるが、地球規模気象シミュレーションやゲノム解析による遺伝子障害の究明、火山活動の予測から、宇宙の起源まで、各分野から今後の研究に大いに期待されていた。
かつて、北島沙織が、AR技術を利用した、マンインターフェースを開発し、地下にあった『転送装置』の制御管理及び開発テストを行っていたが、今はその全てが完全に停止。大量の瓦礫がその上に覆い被さる様に乗っていた。
妖星ニーブルの最接近時に、地震が起き、それにより破壊されてしまったのだ。
SITL(犀川工科研究所)の叡智を尽くしたであろう機械も、今は只の鉄屑と化していた。
マシン室と工作室を分けていた、大型硝子も粗方割れ落ち、まるで冷蔵庫の中の様に冷えていた室内も、クーリングダクトは壊れ、本体の積層基盤は至る所で焼付き、分電盤に電源も通っておらず、既に常温になっていた。『R』は、このまま時の為すままに、永遠の静寂と闇に足され朽ちて行くのみだった。
……ミシッ
ミシッ……ミシッミシッ
その時、量子コンピューター『R』の少し斜め前辺りの天井から、軋み音が聞こえて来た。
次第にその音は大きくなり、やがて天井もたわみはじめて来た。
バンッッ!
ドバーーーーーッ!!!
大きな衝撃と共に急に天井が抜け落ちる。
そして、その場所から、大量の砂が音を立てて降って来た。それは上からどんどん覆って行き、すぐに『R』は見えなくなってしまった。
その大量の砂に紛れて落ちて来る二つの塊があった。
ドサッ!
「グェッ!」
ドサッ!
「キャッ!」
最初に落ちて来たのは、ジョーとノストゥラだった。 砂に吸い込まれた二人は、そのまま建物内を流され『R』のあるマシン室に上から落ちて来た。
『R』の上に積もった砂がクッション替わりになり、二人は身体に軽い衝撃を身体に受ける。そしてゴロゴロと転がって行き、工作室側の壁にぶつかってやっと止まる事が出来た。
「うぅ、いってぇ~~」
ぶつけた背中をさすりながら立ち上がり、見回した。
「ノスト? どこだ? 大丈夫か?」
「ジョーさまぁ何処ですか?」
ここは灯りが何処にも無く、先程、ジョー達が落ちて来た天井の穴から、砂がこぼれる音と一緒に時折見える微かな光の中で、互いの声で無事を確認仕合った。
「ええいっ、これはダメだ」
ジョーはARグローブを使い、以前『彼』も使った『User Interface(利用者環境)/leaf』の中にある『Display Mode(表示モード)/leaf』を開く。
リーフ面に触れ、指先を下にスライド。指が各タブの上をなぞる度にジョーを中心に周りの風景が変わる。ジョーが掛けているARゴーグルの表示モードを切り替えているのだ。
「これかな」
ジョーは、『Heat sensing mode(熱感知)』のタブをタップした。
ノストゥラの姿が、2M程離れた所に黄色から赤く浮かび上がった。
「ジョーさまぁ~」
ノストゥラのオロオロと不安げな声と、そのシルエットが、何だか滑稽に見えた。
「ノスト、俺はここだ安心しろ」
「あっ」
ジョーはノストゥラの右手を掴み優しく引き寄せた。