1:Holy Land which is not seen
オズルト領:オズルト領 SITL(犀川工科研究所)
「よーし、ヴォル、そのままゆっくり下ろしてー、そうそう、もう少しもう少し。バル、そっち側大丈夫? オーライ! オーライ! オーライ! オーライ! ヨーシ、終ー了ーーっ!」
俺の名前はサイカワ・ジョー。
『評定者』として、こちらの世界に来てから、既に一月近くが経っていた。
こちらの地球に来たらすぐにでも『プラウェルコード』とやらを探しに行く予定だったのだが、どうやらそうも行かない状況になってしまっていた。
多重世界であるこの地球に、俺は『SITL(犀川工科研究所)』の建物ごとこちらに飛ばされて来た。しかし、その飛ばされて来た場所が、辺りは森しかない大森林地帯のド真ん中だったらしい。
『ARゴーグル』の情報によると、およそ500キロ四方は全て、森また森。どこを見渡しても森しかない。
熱帯雨林地帯ではないのが救いなのかもしれないが、ココに居ても『プラウェルコード』は見つからない。
それに現在、この『SITL(犀川工科研究所)』は、敷地内にある発電機を利用しているのだが、備蓄してある燃料がそろそろ底をつき始めて来たのだ。いずれにしても早くココから脱出しなければならない。
そもそも何故こんな場所に飛ばされたのか、あの俺の『類魂』とやらに聞いてみたい所だが、アイツはあれ以来現れていない。
現在、なんとかここに有る機材を使い自力で脱出方法を試みているところだ。
「バル、すぐに燃料注入を開始して。揮発性高いから注意して。ヴォル、各機器の再チェックをしてくれ」
「ハイ」
「慌てなくていいから、一つずつ確実に頼む」
これで失敗したら俺達は森の中を500キロ歩く事になるからな。
『ARゴーグル』と『ARグローブ』の使い方は段々解ってきたのだが、それと同時に難しさも解ってきた。
以前、量子コンピュータとアクセスした時と同じ、もしくはそれ以上に『ARゴーグル』から必要な情報を取り出す事が難しいのだ。
例えて言うなら、水を飲む為にコップを差し出すと、ナイアガラの滝の1000倍の水が一気に上から降って来る様なものだ。
情報が多過ぎて、必要な事柄が見つけられないのだ。
仕方なく、俺はアクセスのプロセスを色々変え、トライ&エラーを繰り返し、やっと少しずつ使える様になってきたところだ。
しかし、アイツの様に本格的に使いこなせるにはまだ時間がかかると思う。
「ふぅ……。一通り準備が出来たらメシにしよう」
「ハイ」
「ハイ」
ヴォルティスとノストゥラとはこっちきに来てから、なんとか仲良く出来るようになっていた。
こちらに来た当初、二人共全裸だったので、ココで着れる服を探し出すのに苦労した。
彼女達は背が高い人種らしく、178センチの俺より、少なくとも60センチ以上は大きい。
そうなると、こんな所で彼女達が着れる様な服なんてほとんど無い。
散々探して、仕方なく地下施設に残っていた、兵士達のミリタリウェアを拝借し、一部を加工して彼女達に着てもらった。
ヴォルティスとノストゥラは、ココから10000キロ以上離れた『アイネン』と言う国の神官の家系に生まれた3女と4女の姉妹だそうだ。
なんでも『評定者』をこちら側に来させない様、対象者を抹殺する為、神官の巫女達の中から彼女達は選ばれ、俺の世界に来たらしい。
来させない為の行為が、実はこちらへ来る為の引き金になっていたとは何とも皮肉な話だ。
彼女達は、こちらの世界では『ミリア(巫女)』と呼ばれ、剣技を学び育って来たスペシャリストだった。
ウォーミングアップ中の彼女達の演武を見せてもらったが、優雅さと鋭敏を兼ねた、それは素晴らしいものだった。
幼少の頃からかなりの時間を掛けてやって来たのだろうと思う。
彼女達の話によると、あの時、金属の身体から元の姿に再生をする過程で自分達の『約束』を思い出したそうだ。
その時、俺に対して言葉に現せない様な高揚感と同一感と慈愛が一気に溢れ出したらしい。
ちなみにその『約束』の一つは、俺と『共に居る事』だそうだ。
しかし、その事についてここ数日、困った事が起きている。
それは、彼女達が俺のそばを決して離れてようとしないのだ。
何か資材を取って来る時も、作業する時も、食事の時も、とにかく常に俺の姿が見つけられる状況にないとダメらしい
特に夜寝る時、二人共俺の服の裾を掴んだまま寝ようとするのだ。
目を閉じると見えなくなるからだそうだ。
確かにこんな美女が二人も添い寝をしてくれれば悪い気はしないだろう。
それに、俺も普通の日本男児なのだ。こういうシチュエーションは色々と、その……ゴニョゴニョ……。しかし実際は、寝る時に両側から服を引っ張られたままでは寝返りも満足に打たせてもらえないのだ。
その事を彼女達に聞くと、どうやら俺の姿が見えないと、どうしょうもなく精神が不安になってしまうそうだ。まったく、素直なのか単純なのか……。
先日も、食後に催してきたので、俺は『SITL(犀川工科研究所)』内のトイレに黙って一人行ったら、二人掛かりでいきなり扉を蹴破られ、ショックで出ていたモンが引っ込んでしまったほどだ。
これは早急に何か策を錬らないと、とてもマズい……ハァ。
現在、俺達は、屋上でロケットを組立てて脱出を試みようとしているところだ。
『SITL(犀川工科研究所)』内を色々散策した時、瓦礫の中からこの試作小型ロケットを見付け出したのだ。
それを『ARゴーグル』の情報と地下にある機材を使って三人掛かりで、改造し、屋上に運んだのである。
この小型ロケットを使って、この果てしない大森林地帯からとっ飛びする。
その計画の為に、調整を繰り返しながら、何とかココまで形になったのである。
唯一心配なのは、発射時のショックで機体がバラバラにならなけれは良いんだが……。
「よーし、メシにしよう」
『SITL(犀川工科研究所)』内にあった保存用インスタント食品を取り出し、俺達は出発前の貧相な食事をした。
『腹が減っては知恵も出せん、だから食える時に食っておけ』が爺さんの口癖だった。
向こうに居た研究者の人達はちゃんと逃げ切れたんだろうか。
あれだけデカい地震もあったし、爺さんや婆ちゃんやアキオは……。急に向こうの事が気になった。
「ジョー様……」
「ン?」
「残されたご家族が心配ですか?」
その時、ヴォルティスが声をかけた。
「どうした急に?」
考えていた事を急に見透かされて、俺はちょっと驚いた。
「いえ。何となくそんな気がしたものですから」
ヴォルティスは柔和に笑むと食べ始めた。
ウムゥ……心読まれてるなぁ俺。
アイツが言っていた『魂を分かち合う存在』のせいなのか、考えている事を、二人に読まれてしまう事が多い。
特にぼんやり考え事をしていると、だいだいどちらか一方が、俺にひとこと言って来る。
俺の方はと言えば、彼女達の考えている事はさっぱりわからない。
やはりこれは、魂の繋がりせい? それとも、単純に、俺が顔に出るタイプ?
「ジョー様、この森林地帯を抜け出したらどちらに向かうつもりですか?」
今度はノストゥラが、この後の脱出先について、俺に尋ねた。
「モグモグ……あぁ、それねぇ……」
俺は、水を飲んで、口の中の物を流し込んだ。
「アイネン……(ゴクン)」
「「えっ」」
二人は驚いた顔をした。
「せっかくこっちの世界に帰って来たんだ、キミ達も、まずは、別れてきた家族に会いたいんだろうと思っ……ワァーーッ!?」
ゴチンッ!
「イィーーデェェーーッッ!!」
俺は、二人に強烈なタックルを食らい、地面に頭をぶつけた。
「あっ! ジョー様!」
「ご、ごめんなさい~!」
今生の別れをした家族と会えるサプライズに、嬉くて俺に飛び付いてしまったらしいが、出来れば次は順番をつけるかちゃんと加減をして欲しいと思う。
巨女の二人が同時に飛び付かれては俺の身体が持たない。
つーか、絶対壊れるって。
「イテテテ――。それに今度の件で、『評定者』の事について記述されていたと言う『オネヴォルカノン(神々の語る書)』が見たいんだ。それなら『プラウェルコード』に関する何かヒントが、もしかしたらあるんじゃないかなと思ってさ』
俺は、ヴォルティスに腕を引かれ、後頭部をさすりながら起き上がった。
すると、ヴォルティスが何か思いついた様に立ち上がり。
「そうだ! でしたら、アイネンに着いたら私が色々国内をご案内します、『ゼドナルの滝』や『トルカナン渓谷』『ジズ寺院』なんかも……」
どうやらアイネン内の名所の事を言っているらしい。
すると、今度はノストゥラが――。
「では私は、首都『コルドバ』市街を。『聖フェトロ博物館』や『ガーゼルの森』なんかロマンチックですわ」
急にスイッチが入った様に、彼女達は色々語り始めた。
何だか観光旅行の様な話になってしまったが、嬉しそうに語る彼女達を見て、俺も温かい気分になった。