7.キャトリーヌ ON AIR
「ところで、ちょっと気になっていたんだが、さっき言っていた『星』ってのはどこにあるんだ」
(ジョーは見えてないの?)
「……全然」
(そっか。それじゃゴーグルの映像モードを切り替えごらんよ)
「いやだから、まだ使い方解ってないって」
ボーン
「ん?」
その時、ジョーのゴーグルに『USER』の緑色の文字が書かれたスイッチが浮かんだ。
前に沙織と『ARゴーグル』を共有した時のと同じスイッチだ。
ジョーはその事を思い出し、動かしにくい状況ながらも、何とか押した。
パラパラとリーフが開き、『Device Settings(設備設定)/leaf』が幾つも並んで行く。
「お前が操作してるの?」
(そー。『妖星ニーブル』を見せてあげるよ)
『User Interface(利用者環境)/leaf』の中にある『Display Mode(表示モード)/leaf』がスクロールされる。いくつか在る選択肢の中から『Dimensional-mode-11』が選択された。
「ぁあああぁーーーーっ!?」
天井だったはずの所に急にぽっかり宇宙が広がった。それも凍てつく虚空の闇ではなく、様々な煌めきを放ち、光とエネルギーに満ち溢れた神聖とも言える宇宙がそこにあった。ジョーはその光景に目を疑った。
「す、スゴい……」
そして、その真ん中に月より遥かに巨大な星が見える。それが『妖星ニーブル』だった。
地表のガスの流れが巨大な眼の様な表面に見える赤い凶星。それが今、ジョーの眼の前一杯に広がっていた。
「これが『ニーブル』か」
(そう。これが多重次元と言う運命の時計に取り付けられた長針『妖星ニーブル』だ。)
ジョーは、その壮大さに暫く見入ってしまっていた。
(『妖星ニーブル』の持つ、波動ゲートを使って、向こうの地球に移る。その為、変換用に大量の波動エネルギーが必要なんだ。それを『獣に乗る女』ベイマスを使って集めるのさ)
「でも『獣に乗る女』達も自分達だけでこちらに来れたんじゃないの?」
(うん、無機質と有機質ではその再生時の波動エネルギー量は全然違うんだ)
「へぇ」
(さぁて、向こうの地球に行くよ準備は良いかな?)
「良いも悪いも、この状況でどうしろと?」
いまだヴォルテス達に抱きつかれたまま動けない、ジョーは両手を肩まで上げて、首を左右に振りながら、『やれやれ』の仕草をする。
(ま、そうなんだけど、一応聞いてみた)
「なんだそれ」
バリバリバリバリッッ!
耳を覆いたくなる程の落雷の音が聞こえて来た。『獣に乗る女』ベイマス達の『念捉鎧』が発光始めた。
ゴォオオオオオオオーーーッ!!!
(そうそう。君の他に、乗客が居るので寂しくないからね)
「俺以外にも『冥約の王』がいるって事?」
(いや、彼らは『冥約の王』ではない。しかし、彼等なりの約束があるのだ。キミも知ってる者も居る。向こうの地球で会う事になるだろう。着いたらそのゴーグルを使って捜してみなよ)
ヴァアアンンンンッッ――。
南原山市上空で『CHAMPS-Ⅱ(EMPミサイル)』が爆発した。
電磁パルスの指向性衝撃波が広がり、『SITL(犀川工科研究所)』を中心に、辺り一面に波の様に広がって行く。
電子機器に致命傷を与える『CHAMPS-Ⅱ』は、研究所の地下にある機器までダメージを与える。
バリバリバリバリッッ!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――。
ミサイルのパルス波により『量子コンピューター』がスパークを起こし火花を上げる。分電盤にも引火して行く。
ザッ!ザザザッ!ザザザザザ――。
ジョー眼の前がノイズに犯され見えなくなった。
「うわぁぁーー!」
次に両手で頭を押さえジョーが身悶える。ダメージが脳に負荷を与えて来るようだ。それをヴォルテス達が心配そうに見る。
ベイマス達の背中にある『念捉鎧』だけでなく『獣に乗る女』達のボディまでが次第に光り始めた。そして次に床に広がりジョーやヴォルテス、ノストゥラも、壁や天井までがその光に飲み込まれ行く。
EMPミサイルのエネルギーが『獣に乗る女』達により吸収され、それが転移用波動エネルギー変換されて行く。ボディ破損が多く、負荷に耐えきれなかったベイマス達は、次々爆発していく。
「姉さん!姉さん!」
「ざ、ザキッ! 早くアタシの手を掴んで絶対離しちゃダメよ!!!」
「姉さん、ワアァァァーーー!!!」
潜んでジョーの様子を窺っていたバンダール姉弟の達も光に包まれて行く。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――。
「ん? な、何だこれは! ワァァァーー……」
「ひっ! や、止めろっ」
地震の時、天井からの落下物で意識を失っていたキースとモブランもその光に消えて行った。
(ジョー。僕の役目はここまでだ……。ココから先はキミ自身の使命だ。そのゴーグルとグローブを使いキミは自らの意志を持って向こうの地球を見て来るんだ。たとえそれがどんな経験になろうとそこには、すべてキミとっての求める結果がそこにある。どうかその事を忘れないで欲しい……それから、彼女達はキミにとって共に分かち合う大切な存在となろう、愛でてやってくれ)
「おい……ど、何処、何処だ?」
(それじゃジョー君、良き経験を。困った時は、内なる声を聞け。溢れる叡智は内に有る、外に答えな無い……さらば…だ……)
ジョーはゴーグル越しにノイズは入り、辺りがよく見えない中を必死でトーラス体の光を探す。
しかし、その姿を見つける事は無かった。
「ワアァァァーーーッ!!!」
ドドドゥウウゥゥーーーーーーーンンンンーーーーーーーーー。
重く激しい音と衝撃波が『SITL(犀川工科研究所)』の敷地内に広がった。空間が歪み、フレアの様な揺らめきが次第に広がって行く。一陣の光の柱が、建屋を包み雲を抜け天に伸びて行った。今、時空のゲートが『妖星ニーブル』によって開かれた瞬間であった。それは人類の経験からの進化への変貌の始まりであり、存在のすべてを賭けた偉大なゲームであった。
敷地外に残っていた『M・O・T』の兵士達は、その様子を呆然と見上げていた。
やがて、その光の柱も、音も静まった頃、そこには、サイロ型の『SITL(犀川工科研究所)』の建物は消えて、ただ更地のみが広がっていた。
今、ジョーとヴォルテス、ノストゥラ達の新しい時間が動き始めた……。
オズルト領
サンガーシティー内ミヤン
窓越しに広がる美しい夕焼け。剣の様に遥かに聳える高層建築物にあかりが灯り始める。下を移動する自動車のライトが闇の領域から脈動する光の道を作り始めた。
遠くにはボールス教会アマガス西寺院がの聖灯が見える。
ここはホテル『ガーヴェル』のスイートルーム。
地上148階にある王宮来客用の高級ラウンジルームだ。落とした照明に品の良い高級調度品、広い室内に耳触りの良い音楽が流れている。
そしてその部屋の天井まで届く硬質窓ガラスの近くに、一人のスーツ姿の男が立っていた。
オールバックに豊かな髭を綺麗に刈り揃えた紳士風な男だ。
コンコン――。
「失礼します」
そこに、タキシードスーツ風の初老の男が、部屋に現れた。
「サン・ジェルマン様、呪戒師より『彼』がこちらに来たと連絡が入りました」
サン・ジェルマンと呼ばれた男は、持っていたワイングラスを近くのロウテーブルに置いて振り向いた。
「……僕も、今し方それを感じていた所だ」
サンジェルマンは顎髭に手を当てて――
「メルエル。早速『アレ』の準備をしておいてくれないか?」
「かしこまりました」
外には、遥かな高さを持つ、摩天楼の広がっている。サン・ジェルマンは、ワインクーラーで冷やされたワインをグラスに丁寧にそそぎ込み、口元に運んだ。
「このまま埃を被ったままになるかと思ったよ。良かった」
「嬉しそうでございますなあ」
「ああそうだね。彼が来るのを待っていたからね。果たして、こちらの地球が残るのか、彼等の地球が残るのか、考えるとワクワクしてくるよ」
サン・ジェルマンは、外を眺めながら高らかに笑っていた……。