1.キャトリーヌ ON AIR
気が付くと、またこの町に来ていた。
何処か、下町の雰囲気を残したこの町は、子供の頃から、夢の中で何度も出て来ていた小さな町だ。数え切れない程、夢の中で町を歩き、何処に何があるのか、おおよそ町の地図を描き上げれる程だ。
今回居る場所は、どうやら町外れ近くのT字路の前らしい。ここは、左かどに駄菓子屋があり、いつも子供達が店の前に自転車を置いて、道端などでゲームをやったりカードの交換をしている。その反対側には、軒の長い民家があって、いつもその屋根での上で猫が、ひなたぼっこをしていた。
この辺りは、道が細く、幹線道路からはずれている為に、車もあまり来ないらしい。子供達の遊ぶ声が通りによく聞こえて来る。そのT字路をそのまま左に曲がると、電柱のすぐ横に、接骨院の看板と、郵便ポスト、それと荷台に薬品散布用のオレンジ色の大きなタンクと脚立を積んだ軽トラが一台、いつも止まっている。どうやら今回も同じ様に止まっている様だ。
この町は、現実では行った事がない。少なくとも行った記憶はない。以前、祖母に過去にそんな町に行った事があるかと、尋ねた事もあったが、やはり知らないと言われてしまった。
しかし、その町は夢の中にしては、あまりにもリアルで、見えている色も、肌にあたる風も、この町独特の匂いもハッキリと覚えている。まるで寝ている間にその町に飛んで行ってるのではないかと、思うくらいだ。
そして、その軽トラの横を通り過ぎる頃、突然、身体が引き上げられる様な感覚に襲われた。それまで見ていた風景が流れる様に変わってしまった。
そこでちょうど、意識を取り戻した。
「……ジョー」
「オーイ、ジョー。起きろよ……」
その声は、耳のすぐ横から聞こえて来た。
「……。」
「寝たふりは良いから、そろそろ起きてくれないか?」
ジョーは、眠そうに片目を開けてみる。辺りをキョロキョロ見るてみるが、声の主は何処にも居ない。
「誰?」
ジョーは、声は聞こえるが姿が見えない相手に尋ねた。
「それは起きてくれたら話すよ」
「じゃ、話してくれたら起きるよ」
ジョーは、再び眼を閉じてしまった。
…………。
しばし、時が流れる。
「相変わらずだなキミは。マァ、知ってるけどね」
「……で、誰?」
「僕は、キミさ」
「……オヤスミ」
ジョーは両腕を組んで横を向いた。どうやら自分は、寝ぼけて変な夢を見ているらしいと考える。
「本当さ、もう少し正確に言うと、僕はキミの別バージョンなんだ」
「ハァ? 何それ」
ジョーは両目をバチッと開くと、眉間にシワを寄せてそのままムクッと起き上がった。するとさっきは片目で見えてなかったが、眼の前に白く高い壁が立っていて、その前に黒い服を着た一人の男が立っているのが見えた。
「やぁ、やっと起きてくれたね」
右手を上げてそう言う男の姿は確かにジョーと瓜二つだった。
ジョーは立ち上がり、男に近付くと指を差しながら「アンタ誰だよ」と改めて尋ねた。
「だからさっきから言ってるじゃないか、僕はキミさ」
「意味わからんなぁー、いつから俺は双子になったんだ? イヤまてよ、もしかしてここは天国? 実は、俺、既に死んじゃっててアンタがお迎えで来たとか。……俺の両親どこ?」
今度は、首まで使ってキョロキョロ辺りを見回して言った。
「いや残念だけど、まだ死んでないよ。あの『転送装置』でキミはココにやって来たんだ」
そうい言って、ジョーにそっくりな男は、肩をすくめて見せた。
「おー、思い出した。あの部屋で急に身体が消えて行ったのは、そうか『転送装置』が動き出していたのか」
そう言って自分の身体をチェックする。
「あれ……火が消えてる」
今頃になって、自分の身体に紫色の炎が無い事に気が付いた。
「ああ、あれは『聖なる紫色の炎』と言ってキミの身体を守りる物さ。おかげで流れ弾1つ当たらずにココに来たろう?」
「……」
ジョーは眉をひそめて納得いかない顔をしていた。
「ここは、超意識体の中さ。『絶対領域(Absolute World)』と『相対領域(Relative world)』との境目。この壁の向こうが『絶対領域』ね」
男は壁をペシペシ叩いた。
「と言っても、今はキミに説明する為に、便宜的に壁に見させてるだけなんだケドね、アハハハ」
「……」
ジョーはこの男が何を言おうとしているのか、さっぱりわからない。
「……で、何故俺が、その……『相対領域』と『絶対領域』の境目に居るワケ? つーか、そもそもその『相対領域』と『絶対領域』って何?」
「あのね、『相対領域』って言うのが、壁のこっち側、今居るココ。つまりキミ達の世界。男と女、火と水、光と闇、前と後ろ、上と下、始まりと終わり、反する物が2つで互いにバランスを取っている世界さ」
「じゃ、『絶対領域』は?」
「『絶対領域』は壁の向こう側の世界。その名の通り全てが1つの世界。男と女も無く、火と水も無く、光と闇も無く、前と後ろも無く、上と下も無く、始まりと終わりも無い世界さ」
ジョーは、腕を組んで難しい顔をしだした。目つきも悪くなる。
「……で、何で俺がその境目に居るんだ?」
「うん、実はキミを迎えに来たんだ」
「へ、お迎え? じゃあやっぱり俺死んだの?」
「だから死んでないって」
「意味不明だなぁ。じゃぁそもそもお迎え何んなの?……何処に? この壁の向こう?」
「いや、別の『相対領域』世界」
「え、どういう意味?」
「準備が揃ったんだよ」
「何の?」
「キミ達の地球が次の進化を迎える為のさ。そしてその為にキミを別の地球に連れて行かなくちゃならないんだ」
「えっ……何で地球の進化に俺が関係するんだ?」
「それは、キミが評定する約束をした者だからだよ」
「評定する約束……?」
「そう。『獣に乗る女』達が血眼になって捜していた『冥約の王』がキミなのさ」
「俺、そんな事約束した記憶ないぜ」
ジョーは半ば呆れた様な顔をして応えた。
「そうだねぇ、その辺りの事は、もっと根本的な所から説明しなくちゃいけないね。つまりねー………」
ジョーの別バージョンと言った男は、ジョーに丁寧に語り始めたのであった。