5.VELVET RAIN
ザキがここに戻って来た時、既にその闘いは始まっていた。
ジョーが『獣に乗る女』達に対し、人差し指を左右に振っていた頃だ。
ザキは横倒しになっているコンテナの上から覗いていた。
「あ~あ~ありゃジョーは死んじゃうなァ」
ザキも、マリアが思ったのと同じ様にジョーがが死ぬと確信していた。
「そうだ! ジョーが、やられてギリギリの所を俺が助けてやれば、きっとあいつは俺を尊敬するだろうなぁ。オレ天才……ふひひひ」
普段、ほとんど誉められると言う事がないザキが「凄い凄い」とジョーに誉めてもらえたのが、よっぽど気持ち良かったらしい。ザキはまたあの気分を味わいたいと考えたのだ。
少し邪な考えもあったが、とにかくジョーを助ける為、離れた場所で様子をうかがう事にしたザキだった。
…………。
……。
…。
「……あっれ?おかしいぞぉ」
いつまでたっても、ザキが出て行くチャンスが来ない。ジョーは一向に不利にならず、むしろ『獣に乗る女』達と対等以上に闘っている。ザキは、自分がジョーの活躍を次第に見入ってしまっているのに気付いた。
「もぉ~、ジョーのヤツ、何んでいつまでたってもやられないんだよぅ!?」
これはマズイとザキは考えた。このままでは、ジョーに誉めてもらい、あの良い気分を味わえなくなる。
そう思い、焦ったザキは、コンテナを降りて、ドスドスとジョー達に近付こうと向かった時――。
「あれ? 姉さん!?」
床に倒れている、元の姿に戻った裸のマリアを見つけた。
「なんで姉さんが、ここで寝てるんだよぅ?」
ザキは、その場でしゃがみこんだ。まるで巨大な黒いゴムボールがそこに現れた様だ。
「姉さん!姉さんってば!」
少し肩を揺すってみると、マリアはそのまま口から赤黒い血を吐いた。
「わぁ! ど、ど、ど、ど、どうしよう」
それを見たザキは、慌ててマリアを両手で抱き上げ、右にドスドス、左にドスドス、うろついてみる。
しばらく考えて、結局、先ほど居たコンテナの上に戻って来てしまった。
マリアをそっと下ろし、自分の服を丁寧に掛けてやる。そして、上着のポケットから水筒を取り出してマリアに水を飲ませる。
「ゴッ。ゴホッゴホッゴホッ!」
むせ返すと共に意識を取り戻したマリアは、その身体に床に叩きつけられた痛みが蘇って来た。
「ウアアアアァァーーーッ!」
海老反ると共に叫ぶマリア。
「姉さんっ、姉さんっ、大丈夫?」
肉に挟まれた小粒な眼を潤ませて、マリアを落ち着かせ様とするザキ。彼にとっとマリアは唯一の家族であり、かけがえのない存在なのだ。
「……ゥウウ……ザ……ザキ……」
マリアに水をもう一口与えた後、ザキはたずねた。
「姉さん大丈夫? 誰にやられたの?」
「……ザキ、どうなった?」
「……えっ、なにが?」
マリアが意識を無くしてからの事をたずねた。
ザキは、取りあえず今、ジョーが『獣に乗る女』達を相手に闘っていると説明すると
「ザキ……アタシを起こして……早く」
ザキの言葉に、マリアが反応し、急にジョーと『獣に乗る女』達が闘ってる様子を見せろと言い出した。
しかしそんな事より、マリアの方が心配なザキは、病院へ行く事を勧める。しかしマリアはそれを拒否した。
ザキの頭はシングルタスクなので、既にジョーを助ける事は頭からすっかり消えている。
「ザキ。アンタ、アタシに逆らう……つもり?」
「え~でもぉ……」
「ザ・キ」
身体は弱りながらも、いつもの強い視線で睨また。ザキはその大きな身体を縮んだ様にシュンとさせた。あの眼で睨まれるとザキはマリアに反抗できない。
しぶしぶ承諾し、ザキはマリアをコンテナの縁に移動させる。更に身を乗り出し様子を伺おうとするマリア。
しばらく待つと薄灯りの中で眼が慣れ、ジョーと『獣に乗る女』達との闘いが見えて来た。
「こ、これは……」
「す、スゲェな……」
いまだに続くその闘いは、既に人間の限界点を超えた闘いとなっていた……。
電磁ソードを叩き落とされ、ヴォルテスとノストゥラは、咄嗟に素手で殴り込んで行く。
二人の攻撃に差は無い。
ジョーは、それを二本の金属棒で受け、その力を利用して後ろに飛ぶ。
追う二人。
素手と言ってもボディは金属製だ。
その手で殴れば骨を砕き、その脚で蹴れば即死になる。
ヴォルテスとノストゥラは完璧なコンビネーションで息をもつかせずジョーに仕掛けて行った。
しかし、それをギリギリのところで避けて行く。
ジョーの服が少しづつ傷んで行くのが分かる。
その繊維が闘いの速さと衝撃について行けないのだ。
二人の攻撃は速さを増して行くのと裏腹に、彼女達の心は強い焦りを感じていた。
この男の技量は、自分達の遙か上を行くモノである事は間違いないのだ。
殴ればそれは空を斬り、蹴ればそれはかわされ、掴みに行ってもそこに有るのは残像だけ。
まるで自分達の繰り出す技をを全て予見している様だ。
二人は思い上がっていた自分達の未熟さを、心の底から思い知らされた気分だった。
暫く高速な闘いが続いた時、ヴォルテスが、遂に捨て身の攻撃に出た。
ノストゥラとのコンビネーションの後、急に『ザサルゲン』の形を解きジョーに覆い被さる様に抱き付いて来た。
『ノスト、ワタシと一緒にコイツを斬れっ!!!』
『ヴォル!?』
『時間が無いんだ、コイツを我々の世界へ行かせる訳にはいかない。このままワタシを斬れば、ワタシも死ぬがコイツも死ぬ、かまわず斬れっ!』
ヴォルテスは自分を道連れにジョーを仕留めるという暴挙に出た。
『わかった!』
ノストゥラは離れた所に落ちていた電磁ソードを拾い斬り込むモーションに入って来た。
『WOOOOOOooooーーー!!!』
ノストゥラの、魂を込めた電磁ソードが振り下ろされた。そしてその剣先がヴォルテスの身体触れ様とした時。
ズバァァァァーーーーッ!!!
急に辺りを照らす強い光。それはヴォルテスの中、抱き留められたジョーから放たれた紫色の炎だった。
『『AAAAAAーーー!』』
光りの力に当てられたのか、ヴォルテスとノストゥラはジョーから吹き飛ばされて行く。床に落ち、さらにゴロゴロと転がって行く二人。瓦礫にぶつかりやっと止まった。
すぐに立ち上がりジョーを見る。
そこには、紫色の炎がバリアの様に包まれているジョーが立っていた。
そして――。
『ヴォルテス、ノストゥラ、残念だかそろそろ時間だ。楽しかったよ、じゃあまた後で……』
たゆまぬ笑みを浮かべてジョーは別れの挨拶すると、紫の炎が消えると共にその姿も消えて行った。
その姿を、茫然自失で見送るヴォルテスとノストゥラ。
ドーーン!!
ガガガガガガガーーッ!
バシュー!バシュー!バシュー!
それと同時に、施設の扉が爆発する音が鳴り、続いて多数の銃撃音がした。
「ヨーシ! 『S・A・D』を盾に全員展開しろ。注意を怠るなーっ!」
それはノストゥラが集合をかけた『獣に乗る女』ベイマス達と、それを攻撃しながら施設に入って来たオルグ指令な部隊達だった。
施設が、闘技場から戦場に変わった瞬間だった。