6.VISITOR FROM PLUTO
「アタシはマリア。こいつは弟のザキ」
マリアが名前を名乗った。
ジョーは軽く会釈して『バンダール姉弟』にここまての事を説明を始めた。
『獣に乗る女』達に襲われた事や、沙織が死んだ事、研究者達が、地下三階の施設に捕まっているので助けて欲しい等、自動翻訳を使い説明して行った。
しかしジョーは祖父、元蔵の事や、ARゴーグルの事は深く説明しなかった。よくわからない相手に全てを晒す義理はないからだ。元蔵は単に研究員、ゴーグルはここで見つけた
翻訳器と説明する事にした。
「ふうん。その死んだ沙織ってヤツの話しだと、あんたの祖父や研究者達は、この下の階に捕まっているんだね」
主要な事だけ伝えるとジョーは、さり気なく二人をサーマルモードで所持品をサーチする。
「えっ!?」
ザキは見たままでこれと言って問題は無かったが、マリアを見た時、ジョーは声を詰まらせた。
「ン?」
ジョーの挙動にマリアが自分のサングラスを外し、ジョーに10センチまで顔を近付けて、ゴーグル越しに値踏みする様な視線で訪ねた。
「ちっ」
それを見てザキは、マリアの後ろからジョーを睨み付ける。
「そ、そーです。地下三階に捕まったと聞きました」
ジョーは誤魔化す様に返事をすると、軽く見下ろしながら一歩引いた。
「……アンタ。そこまで案内できるかい?」
マリアが、グラスの蔓をくわえ流し目でジョーにたずねる。艶のある仕草だ。
「あぁ、出来マす」
どうやら、まだ少し翻訳がおかしい。
「ちょっと、姉さん」
ザキが、マリアの服の袖を引っ張ってジョーから離れた所に呼び止める。
「あんなヤツ置いて行こうよ。脅して場所だけ聞いてサァ。足手まといだよ」
怪訝な顔をし、マリアに不満を言う。どうやらザキはジョーの事がお気に召さないらしい。
ジョーは横を向き左右に展開している『Leaf』をARゴーグル越しに眺めている。
(『Leaf』は他人には見えません)
「いいんだよ、誰か身内が居た方が、研究員達に接近し易いだろ。それとも、アタシに逆らうのかい?」
「え~、なんだよ。そんな事言ってないじゃないか……」
ゴーグルを掛け、不気味に左右に首を振りながら、無表情に手を動かしているジョーをザキが、チラッと横目で見る。
(『Leaf』は他人には見えません)
「また始めた。嫌だなぁコイツ、薄気味悪いなぁ」
ザキはまたぶつぶつと独り言を言った。あのジョーの動きがよっぽどが嫌いらしい。
そんなジョーの動きに何故そうまで気味悪がるのだろうか。実は彼には、一つ大きなトラウマがあった。
それは両親とフランスに移り住んですぐの頃、その街に移動遊園地がやって来た。
イタリアから来て、まだ友達もいない二人を、不憫に思った両親は、マリアとザキをその移動遊園地に連れて行った。
その日、たまたま朝からご機嫌が悪かった4歳のザキは、なんの遊具に乗せても楽しまない。
普段なら喜んだ観覧車や回転木馬、コースターに乗せてもムスッとしたままであった。
困り果てた両親は、その時、出し物として仮設舞台で三人のピエロがパントマイムショーをしているのを見つけた。ザキにそれを見せ、ご機嫌を治させようと舞台に近付いて行っ
た。
ショーは、ピエロが子供達を舞台に集め、ピエロと同じ事をさせると言う内容だ。そこで両親は嫌がるザキとマリアを舞台に上がらせた。
他の子供や姉のマリアは、ピエロがやるパントマイムを一生懸命真似しようとする。しかし、機嫌の悪いザキは黙ったたまま何もしない。
やがてピエロの一人が、そんなザキに気がついて舞台で近寄って来た。
「ほら、簡単だよ。こうやって……」
ピエロはザキに付いて教えようとする。しかし、ザキは、腕を組み頑なに拒んだ。そのやりとりが妙に滑稽で舞台を見ていた観客達にもウケていた。
ピエロも困っていたが客の反応も良いので、その内、ワザとそのシュチエーションを続けだ。
他のピエロもザキの周りを囲み、自分達の真似をしろと促す。
「ほら、こうだよ……」
「違う違う……」
「サァ頑張ってごらん……」
白塗りの顔に赤い鼻と眼の縁取り、派手な衣装を着ていつも笑みを浮かべて奇妙な動きをしている……。
そんな男達に囲まれ、やがて、ザキは本気で恐ろしくなり、その場で大泣きしてしまった。
それがトラウマとなり以来、ザキは『ピエロ恐怖症(道化恐怖症)』になってしまった。だからジョーが行う量子コンピュータ用のARユーザーインターフェースが、ザキにとっ
て移動遊園地の舞台でピエロがやったパントマイムショーを思い出させるのであった。
ザキは苦い顔をしてジョーを見ていた。
「二人は、警察や軍関係の人には見えないですが、どういう理由でここに来ているのですか?」
ジョーは、二人に対して質問をぶつけた。ARゴーグルにより、この二人が一階にいる兵士達と共に『SITL(犀川工科研究所)』に入ってきたのを知っている。
「あぁー。えーと、アタシ達は、こんな姿だけど、実はここの施設の人達を救出する為に日本政府から依頼を受けたフランスの特殊部隊なのさ。アタシ達は先行部隊としてここに来
たんだ。他の連中は後からやって来る事になってるの。時間が無いから早く案内しておくれ」
マリアが捲くし立てる様な早口でそう答えた。
「そうそう」
ザキが首を上下に大振りして、相槌を打つ。
(……なんか変だな?)
ジョーは、マリアの言う言葉の片鱗に妙な違和感を覚えた。
(……取りあえずは爺ちゃん達を助ける為には、人出は欲しいからこの人達と一緒に行動する方が賢明かな?)
そう呟いて、頭を掻きながら二人を見上げた。
『獣に乗る女』達、上にいる外国の兵士達、そしてこの二人。
ジョーは、つくずく自分がとんでもないトラブルに巻き込まれてしまったんだなと感じ、ARゴーグル越しにジョーの目つきが悪くなっていた。