2. Apocalypse at the Front
スイス 上空10000メートル
雲海を遙か下に眺め、怪鳥が蒼弓の世界に巨大な羽を広げていた。
ロシア製、『アントノフ An―124』。D18型ジェットエンジン4発、最大輸送力約170トン、世界最大級の積載能力を持つ超大型輸送機だ。
そのカーゴ部分を最新システムで埋め尽くし、あらゆる所に移動可能にしたミッションルームが設置されている。
内部は薄暗く、壁の大型モニターのバックライトと、各コンソールの光、それと足元を照らすセンサーライトのわずかな灯りだけ。その中で9人のオペレーター達が、各自の前にあるモニターを眺め情報を収集していた。
「オルグ司令、クライン中隊長より、『TDエレクトロニクス社』本社ビルへのピンポイント攻撃の要請が来ました」
司令席に近い軍服姿のオペレーターが、振り向きながら司令長官に伝える。
オルグ司令。
眼元と眉毛の上に傷のある男。顔は浅黒く、頭はクルーカットにし、体格良く鍛え上げられ、まさに叩き上げの軍人と思える男である。
今回、対『獣に乗る女』達せん滅作戦の総指揮をとっていた。
先ほどから腕を組んだまま、司令席の前に仁王立ちしている。
「本社ビル内の生存者は?」
低く太い声がミッションルームに響く。
「内部には既に生態反応はありません」
「……わかった、攻撃を許可する」
「伝えます」
正面壁に設置されている大型モニターに 『TDエレクトロニクス社』本社の上空から見た、無人偵察機の映像が映し出されている。画面上にブロックノイズが現れるがそれは、ゲームか映画の様に、酷く現実感の無い様子で、次々に敵にやられてゆく兵士達の姿が見える。
オルグ司令がつぶやく。
「Mr.キース……今回我々は、時間を掛けて吟味し、十分過ぎるほど準備してきたつもりでいた。しかし、いざ本番となると、これほどの差があると言うのか」
「私もここまで技術力の違いがあるとは思いませんでした。しかも、今回はまだ始まりに過ぎません。予言が正しいのなら、この次、おそらく『星』に合わせた三度目の本格的な出現があると思われます。いよいよAS計画の方を、急がねばならないでしよう……」
仕立ての良いスーツを着て、ダークブラウンの長髪を後ろで縛った長身の男が、まるでファッション雑誌のモデルのように両手をポケットに入れ、壁にもたれたままオルグ司令の後ろから答えた。
「どうやらキミのお父上の言う通りになってしまったな」
「父の言葉を借りれば、『それも全て、人と地球の運命』と言うのでしょうね」
「『嘆くメルデの地球儀』が導いた運命……会のメンバーは皆、知っているのか?」
「一般メンバーには表の計画を伝えてありますが、本来の計画を知っているのは13人の家長達とその関係者達だけです」
「真実を伝える必要はないのか?」
「会のメンバーにこの真実を伝えたところで、理解を得る事は出来ないでしょうし、それを彼らは決して望まないでしょう。利益追及と選民意識しかありませんから」
「教会側は、どうなのかね?」
「独自でいろいろ工作して来た様ですが、今回の件で我々と歩調を合わせると連絡が来ました。これからの作戦はこちらからの立案で行われます」
「ドマ枢機卿、いよいよ首が廻らなくてなっきた様だな。」
「イギリスの『例の件』で手一杯だそうです」
「主の再来か?ガセと聞いていたが」
「どうやら……」
「ほっておけば良いものを……」
「表向きはその様にしていますが、教義に関わる事なので、裏ではそうもいかない様です。」
「荊棘だな」
「まぁ、その件のおかげで、結果的に教会側が勝手に場を荒らす事が無くなりましたので……次回の会合に参加が予定されています」
「つまり、また文句言う奴が増える訳だな」
「まぁ、そうなりますね……」
2人供眼を合わした。
大型モニターでは、劣勢ながら『獣に乗る女』達と、果敢に戦う兵士の姿が映っている。
「さて……」
オルグ司令は身を乗り出し、脚を肩幅に開き両腕を組む。
「この状況のままでは、他の兵達に顔向けが出来ん。まずは最善を尽くすとしよう」
気分を変えるように、オルグ司令は声のトーンを少し上げて指示を出す。
「オペレーター、爆撃機は何分で着く?」
「後、7分程で攻撃地点に到着します」
「Mr.キース、スイス政府への対応はどうなっている?」
「『政治献金』と『世界企業誘致による雇用促進』という形で、約定を取り付けてあります。この後は『本社ビルのガス爆発事故』として処理される事になります」
「ガス爆発事故か……オペレーター、爆撃機のパイロットに『思いっきり派手にやってやれ』と伝えておけ」
「了解――」
「こんな爆撃やればいくらでもボロがでる最大限の時間稼ぎが出来れば良い、後理は政治屋の仕事だ。払った賃金分しっかり働いてもらえ……それから――」
そこまで言ってオルグ司令は、少し思案をする。そして、別のオペレーターに指示を出した。
「クライン中隊長を、呼び出せ」
「了解」
「!?」
キースが美麗な眉をひそめた。
「ん――気になる事があってな」
オルグ司令はモニターに目線をおくったまま応える。
そのうちモニター画面にクライン中隊長が、ブロックノイズにまみれて現れた。
『はい、ザザ……ザ……クラインです…』
「クライン。随分やられたな」
『ザ……はい……ボス。見ての通り……ザザ、完全にやられまし……ザ……。機関砲の弾も、ロケットランチャー……ザ……も効きませ……ザ……』
「ノイズが酷いな。オペレーター! デジタル通信だろ何とかならんのか?」
時々、映像が完全にフリーズしてしまう。
「すいません、先程から調整していますが、昨日から太陽風の影響により、あの辺りの地域で通信障害が起きています」
「こっちの衛星からの映像は、見えているぞ?」
「はい、ランドウォール(静止衛星)の位置からは、影響が少ないのですが、ジュネーブ近郊はかなりの影響が出ており、無人偵察機も手古摺っている状態です」
「こんな時にか。わかった――クライン、もうすぐ爆撃機がそちらに着く、それまでもたせてくれ」
『ザザ……了解……』
「それとな、クライン」
『はい……』
「『獣に乗る女』達の行動で、何か気がついた事はないか?」
『ザ……すいませ……ザ……よく聞き取れ……ザ……もう一度お願いします……ザ……』
「アイツらが『TDエレクトロニクス社』に現れた理由のヒントが欲しい。だから現地にいるお前の意見を聞ききたい、何か気づいた事はないか?」
オルグ司令は隠さずきっぱりと言った。
『……そうですね、気づくと言うか少し気になった事が……ザ』
「なんだ?」
『はい、アイツら……ザ……死んだ兵士達の身体を……ザ……て、何かやっている様です』
「!? 」
言われてオルグ司令は、立ったまま司令席のモニター切り替えスイッチを操作する。
メインモニターとサブモニターが切り替わり、クライン中隊長の画面が小さくなり、ノイズのある映像が大画面化した。
更に、オルグ司令は画像を拡大する。
大型モニターに、少しぼやけた状態で『獣に乗る女』が倒れている兵士に近づく様子が見える。
胸にある黒い鱗状の部分が開き30センチ四方に開き、中から先の尖った金属棒の様な物が伸びて来た。
それは兵士の顔近くまで寄り、先の部分が不規則に青い点滅を始める。
「何か、をチェックしている様にも見えますね」
キースも、身を乗り出しモニターを見る。
「アイツら死体に何をしているんだ?」
オルグ司令が呟く。
現地のクラインが話す。
『アイツらは、死体を見つけると一通り必ずその……ザ……行動と言うか作業をしています……』
暫くすると、その機械は点滅が消え、再び胸元に収納された。
「あの行動は兵士だけにか?」
『建屋内でも、ザ……同様の行動が確認……れています。ザ……いえ、民間人に対してもやっていましたが、『S・A・D』や他の物には、やってない様子でした……』
オルグ司令は、腕を組み暫くの考え込んでいた。
「オルグ司令、あと3分で爆撃機が到着します」
オペレーターが、振り向く。
「むぅ……、クライン中隊長、話はよくわかった。続きは戻ったら聞かせてもらおう。そろそろ時間だ、敷地の外に全員退避させてろ」
『ザザ……了解しました』
モニターから、クライン中隊長の姿が消え、代わりに爆撃機の様子を伝える動画に切り替わる。
オルグ司令は腕を組んだままその画面を見据えてていた。
それ以降は、何も語らなかった。
その横でキースも、静かにズボンのポケットに手を入れ足元のカーペットを眺めながら、何か思考の海に身を漂わせている様だった。
様だった。