6.Lost Passengers
SITL(犀川工科研究所)
崩れたコンクリートの破片と、折れ曲がった鉄柵が辺りに散らばり、もうもう埃が舞い上がる階段の踊場に、ジョーは仰向け倒れていた。顔は埃ですっかり汚れ、唇も乾いてカサカサになっている。
「ゴホッ!」
ジョーは、自分のむせる咳で眼を覚ました。
「ゲホゲホゲホゲホ、ゴッホ、ゴッホ、ゴッホ、ペッッ!ペッッ!ペッッ!」
唇の中がじゃりじゃりする。ジョーは何度も唾を吐く。
「あれ、ここは……ゲホッ」
頭がぼんやりする。
「!?」
そして我に返り、一瞬で立ち上がり臨戦態勢をとる。
辺りを見回し、急に襲って来た、あの赤い奴が居ないか確認。
右を見る。
左を見る。
……パラパラ……
辺りはしんと静まり返り、時おりコンクリートの塵が落ちる音が階段に響く。
暫くしてジョーは、緊張を解き尻を床に下ろした。
ジョーは口をもぐもぐさせて何回も唾を吐く。
「口を濯ぎたいなー」
耳鳴りはどうやら治まって来たらしい。
「あ~。あれから、どうなったんだ? あの赤い奴が襲ってきたまでは良く覚えているが、急にいつもの現実感の喪失がおきてそれから……」
ジョーは、何故かあのヴォルテスとの闘いを覚えていなかった。
「うーん。駄目だ、思い出せん」
頭を振り、身体の埃を祓い立ち上がる。
「赤い奴は居ないみたいだし、とにかく沙織さんの所に急ぐしかないな。ここは何階だ?」
壁に書かれた階を示す文字を探す。ここは、地下2階と3階の途中だった。警備員室のモニターに映っていた、沙織の居た場所は地下1階だ。
「あ~、と言う事は、あの上の踊場まで登るしかないのか」
見上げると地下1階の扉が、埃の中『非常口』の灯りで照らされ、微かに見える。
探せは他の階段もあるかもしれないが、ウロウロして、またあの変な奴らに狙われたら次は助からないだろう。
最短のルートはここしかない。
今、居る場所から上の踊場まで約3メートル、途中の階段は崩れて無い。飛び移るしか無さそうだ。
ジョーはそう考えた。
「狭いな」
踊場の広さが約2メートル、とても助走出来るほど距離に余裕が無い。
しかもこのまま落ちてしまえば、更に深い奈落が下で待っている。
「でもまぁ行くしかないわなぁ」
大きなコンクリートを退かし、少しでも助走路を確保する。
出来るだけ後ろに下がり、壁に張り付き深呼吸。4,5回その場でピョンピョン跳ねると
「せーいのっ!」
バン!
いきおいをつけて震脚。一気に跳ぶっ。
――パシッ!
左の指先が何とか掛かった。
「ウォオオオオオォォォーーーッ!」
片手の指先懸垂状態で、一気に身体を引き上げる。
そのまま足を掛けて這い上がった。
「ハァハァハァハァ。よっしゃ」
地下1階の扉を睨む様に見据え、ジョーは立ち上がった。
扉に近付いて、音を立てない様に、少しだけ開ける。どうやら『獣に乗る女』は居ない様だ、身を低くして通路側に入って行った。
この階の状況は、モニターで見た時より酷かった。至る所で壁に大穴が空き、まるで爆撃を受けたみたいに見える。じゃりじゃりと自分の足音が気になる。
2つ目の角を曲がった時、通路の真ん中に一際高い瓦礫の山があった。監視カメラに映っていた場所だ、ジョーは走ってそこに近付いた。
天井の監視カメラを探し、その向きから沙織の場所を捜しだそうとする。
「沙織さん!沙織さん!」
『獣に乗る女』達を警戒して、大声は出さない。
沙織
「……ぁああ」
崩れたコンクリートの梁に隠れる様に沙織が倒れているのを見つけ出した。
「あ、沙織さん、大丈夫ですか!」
「うぅ……。ジョー君、どうして……」
「待ってて下さい。今、出しますから」
沙織に乗っていた瓦礫をどがし、沙織を引っ張り出した。
「あああぁーーーっ!」
沙織が悲鳴をあげる。内蔵にかなりダメージを受けている様だ。
「沙織さん、いったい何があったんですか?」
「き、急に『切り株』が暴走しだして、気が付いたらアイツらが現れて……じ、ジョー君、犀川所長がアイツらに連れて行かれたわ……ハァハァハァ」
「えっ、爺ちゃんが!?」
「所長を、早く助け出さないと――」
沙織は、顔をしかめて起き上がろうとする。
「今動いちゃダメだ、沙織さん!」
それでも、沙織は起き上がろうとする。
「ぁあああっ!」
胸を押さえて呻く沙織。ジョーは、慌てて肩を支える。
「ゴホッゴホッ……ハァハァ。ジョー君、私を研究室まで連れて行って」
「そんな身体で動くのは無茶だ、俺が今から助けを呼んできます」
「だ、駄目、みんなも捕まっているの……早く助けないと殺されてしまう。お願い、早く研究室へ……」
「……わかった、ちょっと辛いかもしれないけど、我慢して」
ジョーは、沙織を担ぎ上げ、そのまま沙織の研究室に向かう。途中、『獣に乗る女』達が居るのが見えた、タイミングを計り、後ろを通り過ぎる。その間、沙織は肩の上でぐったりしていた。
「着いたよ沙織さん」
「…お、降ろして…………」
ジョーが、扉の前で降ろす。
沙織は、ふらつきながら網膜認証を行い、パスワードを入力する。
ウィーン……
扉が開いた。中はまだ荒らされた様子はなく、ジョー達が居た時のままだった。
灯りを点けて、沙織を近くの椅子に座らせて休ませる。すかっかり顔が、血の気を失っている。
「大丈夫?沙織さん」
「大丈夫……ハァハァ、急がなきゃ。ジョー君、壁のARゴーグルが入っているボックスを取って……」
沙織は、自分のポケットを弄り、リモコンを取り出しジョーに渡す。
「……わかった」
スイッチを押し、壁から金属ボックスを取り出すと、沙織に手渡す。
「も、もう1つのボックスも取って……」
沙織は、中からARゴーグルとグローブを出しボックスは床に投げ捨てる。丁寧に扱う余裕が無い。
ジョーは2つ目のセットも渡し、沙織の行動を見守った。
沙織は1セット目のグローブとゴーグルをはめると、何やら両手を動かし、慌ただしく作業を始めりる。しかし、ゴーグルをはめていないジョーには、それが何をしているのか判らない。
そのままの状況で、15分くらい待った。
「ハァハァハァ。よし、で、出来た……」
沙織は、ぐったりしながら、2つ目のゴーグルとグローブを改めてジョーに渡した。
「ジョー君。キミのユーザー権限を最高位の『Administrator(管理者)』に上げた。これで『F・M・A(量子コンピューター)』の全て機能が使えるはずよ。」
「あ、沙織さん……」
沙織がジョーの手を掴む。
「ジョー君、これを使って、ゴホッ!ゴホッ! どうか犀川所長達をを助けて……」
ジョーは正直戸惑った。爺ちゃん達を助けたいのは間違いないが、急にこんな物を渡されても使いこなせる筈も無いからだ。
「沙織さん、悪いけど、こんなの使い方も分からないよ」
「だ、大丈夫、キミのデータはさっきのデモンストレーションの時に採ってある。ハァハァ、それを基にキミが使いやすい様に調整したつもりだから。やりたい事があれば……ゴーグルとグローブを使って『F・M・A』にたずねれば、全て教えてくれる……ジョー君。今、ここで犀川所長達を助けられるのはキミしかいないのよ」
「いくら何んでも俺なんかじゃ……」
沙織はジョーの頬に震える両手を添えて自分に引き寄せた。
「キミならきっと出来る。お願いみんなを……助け……て……」
それだけ言うと、そのまま沙織は力尽きてしまった。
「えっ!? なに? ちょっ、沙織さんっ。しっかりしてよ、死ぬなよ沙織さんっ!」
ジョー、慌てて沙織の肩を揺する。しかし沙織は反応しない。
「沙織さんっ! 沙織さんっ! 沙織さんっ! 沙織さーーん! わああああぁぁぁぁぁぁーーーっ!」
ジョーは、冷たくなって行く沙織の身体を抱き寄せて絶叫した。