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5.Lost Passengers

 上空5000メール。

 『アントノフ An―124』が2機が日本の上空を旋回していた。

 まもなく着陸の体勢を取るところだった。


 その内の1機に、上から下まで真っ黒の出で立ちで男と女が隔離された個室で座っていた。

 首に大きな蜘蛛のタトゥーが姉のマリア、シートからはみ出しそうな坊主頭の大男が弟のザキ、ヴァチカンの始末屋『バンダール姉弟』だ。


「……ザキ」


 マリアが肘を付いて窓の外をぼんやり眺めながら話す。


「ン?」


「今回のお勤めは、ドマ枢機卿直々のお話だって」


「ドマ様からの?」


「そう」


「じゃ頑張らなくちゃいけないね、姉さん」


「そうだね」


 石をゴリゴリと摺り合わせた様な声で、弟のザキが言った。


「姉さん。俺、チャゴフ神父嫌いだ。いろいろうるさい」


「アハハハハ、ザキはほんと昔からチャゴフ神父を嫌ってるねェ」


 マリアは笑ってザキの方を振り向いた。


「だってさぁ~、俺の事いっつも『ウスノロ、ウスノロ』って言って怒るんだぞ、『プチッ』ってつぶしてやろうかといっつも思ってるけど、そんな事したら、ドマ様が悲しむだろうし……俺、悩むよ」


 ザキは土管の様な太い腕を組んで難しい顔をしていた。


「あ~あ~、暫くドマ様にお会いしてないから会いたいなぁ~。あっ!!」


 ザキが急に、シンバルの様な手を叩き立ち上がる。『アントノフ』が少し揺れたような気がした。


「ねっ、姉さん。今度の仕事終わったら、サンティアゴ・デ・コンポステーラ(santiago de compostela)の、巡礼行こうっ」


 サンティアゴ・デ・コンポステーラとは、スペイン、ガリシア州にあるカトリックの聖地の1つ。エルサレム、ヴァチカンと並ぶキリスト教巡礼地であり、今でも世界中から巡礼者がやって来る。聖ヤコブが祭られており、現在は世界遺産に登録されている所だ。


「久しく行ってないかぁ。たまになら神父様も、お許しになるかもしれないねぇ」


「ほ、ほんと!?」


「ああ、仕事済んだら頼んでみるかね」


「やったぁ」


 ザキは無邪気に喜ぶ。それをマリアは、サングラス越し黙って見ていた。



 バンダール姉弟は元々、イタリアの比較的豊かな家庭に生まれた。

 父、ロナウドは大学教授で、フリーエネルギーの研究をしていた。システムの完成間近に、大学で火事が起こり研究室にあったテスト機や関係資料、その他ほんと全てが焼失しまった。それを期に研究費を打ち切られ大学をクビになる。

 その後、フランスに移り住み、研究を続けていたが、マリアが6歳、ザキが4歳の時、家に賊が入りロナウドと妻は殺されてしまう。マリアとザキは、たまたま向かいの家に遊びに行っていた為、奇跡的に難を逃れた。

 事件後、すぐに犯人は捕まった。麻薬常習者だった。当時、錯乱状態で逮捕され、2週間後に心不全で死んでしまった。


 父親のロナウドが、兄弟と疎遠にしていた事もあって、ふたりの引き取り先は、なかなか決まらず、親類縁者の家を転々とする事となりなる。遂にはマリアが9歳、ザキが7歳の時、姉のマリアにいたずらしようとした従兄を、ザキが殴り倒し意識不明の重体にしてしまう。

 その事が元で、ふたりはイタリア郊外の『聖ヴィマーレ孤児院』に入れられた。

 その孤児院には、子供同士の中に入園順に優先序列あるという習慣があった。大人からは見えない所で、新しく入って来た者に、陰湿ないじめや悪質なイタズラが横行していて、当然ふたりもその対象となっていた。

 しかし、ふたりは何故か次々と他の孤児達を自分のいいなりにして行った。


 ふたりには人とは違う不思議な力を持っていた。

 ザキは、その風体からも判るが、大人さえ勝てない程の怪力。特に腕力は桁違いで子牛程度なら抱きついたまま肋骨をへし折ってしまう程だ。

 そして姉のマリアは、蜘蛛と意識を疎通させる能力があった。どんな蜘蛛でもマリアの思う通りに操る事が出来る。だからマリアは、『女王蜘蛛スパイダークイーン』と呼ばれ、陰で怖れられていた。

 半年も経つと、ふたりに従わない子供は『聖ヴィマーレ孤児院』にはいなくなっていた。

 その不思議な状況に気付き、訝しんだ大人が、他の子供達にたずねるが、その事について誰ひとり答える子はいない。しかし、ふたりに逆らわない子供達は、皆、身体のどこかに、赤い湿疹か、虫に噛まれた様な小さい痣があった。


 マリアとザキが孤児院に入って4年が経ったある日、『聖ヴィマーレ孤児院』にヴァチカンから数台の公車がやって来た。

 漆黒のリムジン、数人の男達を従えて、中から初老の男が降りる。

 姿勢が良く、立ち振る舞いは上品だが、猛禽類を思い出させる様に目つきが強い。ドマ・シュエル・ガイアム枢機卿だった。その頃はまだ、枢機卿の役職になく省長であったが、既に多くの者に影響を与える存在であった。


 院長が慌てて外に出て来た。『聖ヴィマーレ孤児院』は元々カトリック教会の資金で運営をしている。

 ドマに付き添う者達が院長にたずねた。「こちらに、マリア・バンダール、ザキ・バンダールと言う名の子供はいるか?」と。マリア達の名前が、神父達の口から出て、院長は更に慌てた。すぐにマリアとザキが部屋から呼び出され、ドマ省長の前に突き出された。


「君が、マリア・バンダールかい?」


 ドマ省長が優しくたずねた。


「ええ、私がマリア、横にいるのが弟のザキ。アナタは誰?」


「私は、ドマ。ヴァチカンで神父をやっている」


「フーン。神父様ね、アタシ達に何か用?」


 尊敬もないマリアの言葉使いに、ドマのお付きが、注意しようと近寄るが、ドマは右手でそれを制した。


「マリア、ザキ、今日は君達を迎えに来たんだ」


 ふたりはその言葉に反応した。

 ドマの話しはこうである。

 この『聖ヴィマーレ孤児院』から神学校に進んだ者がいて、ある日、その者が実習としてサンビエトロで深夜お勤めがあり、その時、他の神父達と互いに身の上を語る流れになった。その話しの中で、ここ『聖ヴィマーレ孤児院』に不思議な能力を持つ兄弟が居ると話したと言う。

 ひとりは、人並み外れた大変な力持ち、もうひとりは、蜘蛛を自在に操る事が出来ると。

 その話しを聞いた神父達の中に、ドマ省長の側近のひとりが居て、話しを聞き、こうして会いに来たのだと言う。


 ドマはふたりに諭す様に語った。


「マリア、ザキ、君達が持っているその力は、主が与えたもうた奇跡だ。そして、その力を持つ君達が、今、私の眼の前に居ると言う事、これは天が私に与えたたもうた運命であり、君達は原罪より重ねし諸行の業を浄化を担う天使である。君達の親については、すまないが、全て調べさせて貰った。驚いたよ、まさか君達が、あのフリーエネルギーを研究されていた、ロナウド教授のご遺族とは。私も彼のフリーエネルギーについて興味があってね、講演には何回か、足を運ばさせてもらった。当時、亡くなられたと話しを伺った時は大変にショックだった」


 ドマはふたりの肩に手を添えて言う。


「どうだろう、君達の力を是非ともヴァチカンの為に、いや、主の為に役立たせてくれないだろうか……」


 こうしてバンダールのふたりはドマの元で、彼の為に働く事になった。


 マリア、ザキはそれ以来、ドマの犬となり、ヴァチカンの闇の実働部隊として生きる者となる……




「まもなく着陸態勢に入ります。ベルトの着用をお願いします」


 『アントノフ An―124』のコ・パイロットから、バンダール姉弟の部屋に通信が入る。


「よおし、巡礼~巡礼~♪」


 ザキはニコニコしながらベルトを装着した。

 マリアは肘を付き、また外の風景を眺め始めた……


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