表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/74

4.Lost Passengers

「……ありゃ」


 エレベーターの床の穴を覗き込むジョー。暗くて底まで見えないので、どうなったのかは確認出来ない。


「なんかスゲー奴だったな、危なかったー」


 エレベーターを出て辺りを見渡す。爆発で破壊されコンクリートやガラスの破片が散らばっているが、人の気配は無い。

 

「ン……どうしょう困ったな。耳鳴りが治んないし、外で倒れてた人も気になるし、あのロボットみたいなのも気になるし」


 キーンと鳴ったまま右耳が聞こえない。ジョーは繰り返し、耳をほじる仕草をする。


 ふと、瓦礫の山になっている入口の方を見ると、その横に警備員室のドアがあった。


「……お」


 ガチャガチャ音を立てコンクリートを蹴散らしながら警備員室に入って行く。中は爆風によりガラス窓が割れ、スプリンクラーの散水に濡れているが、機器が壊れているわけではない様だ。

 

 倒れた椅子を横に除けて、ジョーは監視カメラのスイッチを入れる。

 8面あるモニターには、駐車場、正面入口、エレベーター前、非常階段等、至る所に設置されているカメラの映像が定期的に切り替わってゆく。ジョーはその画面をじっと見つめた。


「……!?」


 そこに映っていたのは、さっきまでジョーが居た同じ場所とは思えない風景だった。

 ジョーを襲って来た奴と同じタイプが、廊下、受付、研究室や、休憩室など、『SITL(犀川工科研究所)』施設の中を所狭しとウロウロしているのだ。

 まるで暗い施設を脳を求めて徘徊するゾンビの様だ。


 「こ、こいつら、いったい何なんだ……」


 ジョーが、元蔵に着替えを渡し帰る時には、こんな奴らは居なかったはずだ、それが戻ってきたら建物内が奴らに占拠されている。たった数十分で……。

 みるみる目つきが悪くなって来た、ジョーは思考の海へ潜り込んでしまった。



「えっ? あ、沙織さん!?」


 切り替わったモニターが、瓦礫に下半身を取られ横たわる沙織の姿が映っていた。


「沙織さんっ! クソッどこだ、どこの場所なんだ」


 画面の場所を特定しようと、眼の前の操作パネルをいじりまわす。

 あるボタンを押すと、画面にカメラのシーケンスIDが表示される様になった。


「B‐1-006? 地下1階……沙織さんの研究室があった階かっ!」


 その階の他カメラを色々切り替え、辺りの様子を見る。残念ながら元蔵の姿は見つからない。

 

「沙織さんを助けに行こう」


 更にジョーはカメラで沙織が居る所のあたりをつけ、倒れたロッカーから懐中電灯と、振り出し式警棒を見つけ警備員室を出た。


 エレベーターで降りれば早いが、もし扉が開いて突然アイツらが来たら逃げ場が無い、ジョーは階段で行く事にした。


 懐中電灯を点け階段の扉を開く。非常口を示す緑色の灯りがぼんやり光っている。不気味な静けさだ。ジョーは辺りを照らしながら、そろりそろりと用心深く降りて行った。


『SITL(犀川工科研究所)』は地上8階地下6階の巨大な施設だ。各階も通常の建物に比べ、開発や実験に使用する為、広く高く取られているので階段が暗く長い。懐中電灯の灯りだけが頼りだ。


……キィィィガシャーン……


 どこかで、扉の開く音が聞こえた。しかしジョーの右耳は耳鳴りのせいで距離感が掴めない、近いのか遠いかわからないのだ。

 

「マズいなどっちだ? 上か下か」


 ジョーは立ち止まり、良い方の耳で必死に音を捕らえようとする。

 しかし、それっきり音はしなかった。嫌な汗が毛穴から吹き出てくる。

 ジョーは落ち着く為に深呼吸をした――その時。


 突然上から『獣に乗る女』が降ってきた。

 両手に持つ青白色く光る剣が、その姿を浮かび上がらせる。

 さっきの奴とは形の違う、赤く細いタイプだ。

 ジョーは完全に虚を付かれた。


 シュッ!


 朱色の『獣に乗る女』は着地すると同時に高周波ブレイドを横振りする。鉄製の手すりが紙より容易く切断された。

 返す剣で更に一閃。持っていた懐中電灯を切り落とされた。

 闇に光りが暴れる。



「おぉ!?」


 懐中電灯の取っ手の部分だけを持ったまま、驚愕するジョー。すかさず取っ手を『獣に乗る女』にぶつけて階段を数段飛ぶ。相手は歯牙にもかけず、双剣で突きを放つ。


 ヂッ!

 

 顔を横に向け、かわすものの、かけていた伊達メガネを剣先が左レンズとフレームが真っ二つ。ドッと冷や汗が出る。


「さっきの奴より全然速いっ!」


 ジョーは命の危険を感じた。


 立ち会う者同士にとって相手の技のリズムを掴むと言う事は、勝敗につながる重大なファクターの1つだ。

 リズムとは、その者が学び、磨き、目指し、祈り、求めた物全ての末に奏でられるだった1つの旋律であり、その者の、持つ全ての現れと言って良い。

 それが剣であれ、素手てあれ、そのリズムに殺気や深い思いが含まれて来るのだ。

 だからこそ武道を学ぶ者達は、互いに相手のリズムを掴み取ろうとする。無心のうちに。

 リズムを解することは相手を解する事なのだ。


 むろんそれは、対人間同士だけの話しだ。

 だから、さっきの奴は感じる物は何も無かった。そうだろう、トラックや飛行機に殺気な思いなど有るわけがない。しかし、この赤い奴はそのリズムを感じる。

 そして相手の独特のリズムがジョーに危険を告げるのだ。


「コイツは、さっきの奴と何かが違う。見た目は同じ金属製みたいだが、決定的な何かが違う、危険だ」


 ジョーは振り出し式警棒を出し、息を吐いた。


 ――息吹き。


 その時、強烈な『アレ』がジョーを襲って来た、耐えきれず思わず片膝を付いてしまう。


「あ……がっ……」



 そして、ジョーの存在は……消えた……。







 『獣に乗る女』の攻撃は次第に速度を上げてゆく。

 高周波ブレイドの青白色い光りが暗がりの中で、レーザーアートの様に線を描く。

 刃が空を斬り、残像と残像が重なり合い、それは美しい大輪の華だ。

 しかし、剣が描くその華の芯には命の駆け引きがあった。



 ジョーは警棒を使い応戦する。

 応戦と言っても出来るのは『獣に乗る女』が放つ剣の軌道を変えるだけ。

 迫り来る剣の力点を正確に捕らえ軌道を変えて行く。それと共に身体を最小限に、引き、避け、かわし、ギリギリの攻防が続けられた。


 しかしそれは本来有り得ない。『獣に乗る女』の攻撃は通常の人間の速さの比ではないのだ。あの『S・A・D』のガトリング砲を全て避けきった程の動きだ、ましてや通常の人間など1秒も保たないハズだ。

 しかし、ジョーはたった一本の警棒で捌いている。

 そしてその事を、ジョーを攻撃していた、相手の『獣に乗る女』ヴォルテスは、驚愕していたのだ。


『ば、馬鹿な、機械化すらしていない人間が、私の速さに!?』


 剣が空を斬る。


 2本の剣がこの男を切り裂く事が出来ない。超高速で繰り出す剣先が、だった1本の警棒に、全ていなされてしまうのだ。

 それは、向こうの地球でヴァールラー(剣の皇女)と呼ばれていたヴォルテスのプライドを傷つけるには十分だった。

 

『この私が、普通の人間に……ありえない!ありえないっ!!!』



 すぐ済むと思っていた。

 階段の扉から光りが漏れて来るのが見えたので、まだ建物に逃げていた者が居るかと思い、捕まえるつもりで下りて来た。

 しかし、それは間違いだった。


 虚しく剣は男の身体を避けていく。


『死ねぇぇぇーーーっ!!!』


 渾身の気合いを込め剣を振り下ろす。そしてそれは、やはり男を避けた。しかし剣はそれで止まらず、更に足下の階段を斬って行く。


『!?』


 鉄製の手すりと、コンクリートの床が切断された。そのまま階段が崩れ始めた。


『しまった!』


 ガラガラと男の居る、下側の階段が崩れ落ちていった。そのまま男も一緒に落ちて行く。


『ま、待てっ!』


 ヴォルテスは咄嗟に身を乗り出し、何故か手を差し出すが、男は崩れた階段と共に奈落の闇に消えて行った。


 そして、その男の口元が笑んでいたのを、ヴォルテスは見逃さなかった。


 暫くヴォルテスは怒りで動く事ができなかった。それ程彼女にとって屈辱的だったのだ。


『まさか、あの男が……』


 ヴォルテスは足下に落ちていた、壊れたメガネを拾い上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ