3.Lost Passengers
オゥン!オゥン!オゥン!オオォーーーン………
「やっぱ楽しいな、この道」
再びワインディングロードを走り、『SITL(犀川工科研究所)』まで戻って来たジョーは、蔓延の笑みを浮かべて駐車場に『T‐REX』を止めた。
平素は傍観する意識を心のピン先に集め、ぎりぎりと研ぎ澄まして行く様な緊張感が、今生きていると言う充足感を与え、それが何とも心地よい。
ジョーにとってそれは、クリスタルの様にピュアで、とても価値のある時間であった。
IDバッジを胸から外し、ポケットに入れて車を降りる。
街路灯は遠くで光り、月明かりだけの薄暗い駐車場を、そのまま小走りで裏通用口に向かった。既に警備員は帰宅しているので、関さんに言われていた、窓口に置いてある返却BOXにバッジを入れる事にした。
「…た…けて……」
その時、ジョーが居る裏通用口の更に横奥のフェンスの方から、何か聞こえた様な気がした。
「?」
何だろうと、音のした方に数歩近づき、その先を覗いてみるが、何も見えない。聞き耳もたててみるが、何も聞こえない。
「……気のせい?」
ジョーは首を傾げながら通用口に戻り、IDバッジを返却BOXに入れ様とした時――
ガシャーン!!!
「えっ!?」
今度はハッキリと、物が倒れた様な音が聞こえた。
ジョーは音のした建物の奥、汚水処理施設と分けるフェンスの方に走った……。
最初、それは建物の影に隠れて月明かりも当たらない場所で、ブルドーザーやショベルカーなどの工事車両でも置いてあるのかと思った。しかしギギンギリギリとチェーンが引っ張る様な音と、腹に響く低い振動音がジョーにそんな物じゃないと教えてくる。
やがて暗い所に眼が慣れデティールがハッキリして来る。銃青に全身記号の様な、ペイントを施し、人と虫、ロボットを掛け合わせ様なデザイン、『獣に乗る女』ベイマスに、誰か襲われていたのだ。
当然、ジョーは『獣に乗る女』など知る由もない。夜の闇の中、ジョーは声をかける。
「おいっ!何だお前は」
ジョーに声を掛けられ鋼の巨体が振り向く。
その足下の人は既に息絶えいた。
「ムムッ!?」
ブンッ!
『獣に乗る女』ベイマスは、いきなり横に腕を振り回し ジョーに襲いかかって来た。
「!?」
ジョーはスウェーしながら攻撃を避ける。更に腕を振り回し続ける『獣に乗る女』ベイマス。振り向いて走る程余裕を与えてくれない。やがてフェンスに背中が当たった。
「あ」
B体は、今度は上から腕を振り下ろして来た。
闇に火花が散り、裂けるフェンス。ジョーは横にダイブし、そのまま走り出し逃げる。
続いて雷球を発射。逃げているジョーのちょうど横辺りにあった木に当たり爆発。
ドーーーンッ!!!
轟音と共に木が炸裂、燃え上がった。
ジョーは1.5メートル程飛ばされ、そのまま転がり片膝立ちになる。
「ハァハァ。何だアイツは、殺人ロボット? エイリアン?」
訳も分からず狙われてはたまらない、一目散に逃げ出した。
『獣に乗る女』は撒き散らす様に、辺りに雷球を発射、連続爆発がおきる。
「チッ」
爆風に煽られながらも必死に走った。持っていたIDバッジを思い出し、裏通用口に逃げ込む事にした。
IDバッジをセンサーにかざし、扉を開く。飛び込むジョー、すぐに振り向き、扉を閉め、辺りにあるテーブルや椅子を急いで積み上げる。裏通用口の扉は、厚い合金仕様で、IDバッジなどが無ければ、簡単に開ける事が出来ない。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハアァァーーッ、ハアァァーーッ」
『ミハイル‐システム』で岩月トレーナーから習った呼吸法を行い、緊張をほぐしリラックスさせる。
「あせったなぁ、あれは何だ? 倒れてた人、もしかして死んでなかったか? わからん。誰かいないかなぁ」
『SITL(犀川工科研究所)』の中に慌てて入ったが、気が付くと廊下は真っ暗、床はビチャビチャに濡れている。
「何コレ? 水でも撒いた?」
靴先の水を飛ばしながら、ポケットから携帯電話を取り出し、警察に連絡をいれるようとする。
…ザ…ザザ……ザ……
ノイズばかりで繋がらない。
「……どういうコト?」
何度も試すが繋がらないので、今度は洋蔵に電話を入れようとしたその時――
ドオォォーーーーン!!!
鈍い地響きと爆風で、合金の扉や、積み上げてあったテーブルや椅子が吹き飛ばされた。持っていた携帯電話も一緒に飛ばされた。
「ああっ!」
『獣に乗る女』B体が外から雷球を発射した。
入口の方を見ると、瓦礫の向こうの『獣に乗る女』B体がこちらを見ていた。
「ヤバい!」
全力疾走で廊下を走るジョー。『獣に乗る女』B体は、また雷球を撃つ。閃光と爆発が地響き起こり、壁のコンクリートが飛び散る。粉塵を頭に受けながら通路奥のエレベーターを目指す。
「あぁー、チクショウ! 鼓膜やれたー」
右耳をほじりながら叫ぶ、限られた広さの廊下で爆発が起こったので鼓膜がダメージをうけたのだ。これで15分は耳鳴りで右耳は何も聞こえないだろう。
エレベーター前に来ると、2台共B‐1で止まっていた。ジョーはすかさず上ボタンを連打する。
「もー早くしろって! 来い来い来い来いーーっ!」
後ろを振り向くと、『獣に乗る女』B体が瓦礫を乗り越えて建屋に入って来ようしている。
「ヤバいっ、こっちに来たーっ!!!」
ジョーは更にボタンを連打、やっと右側のエレベーターがやって来た。
「っしゃっ!」
扉が開ききる前に飛び込んで――
「おぁぁ!? 落ちる落ちる落ちる落ちるーーっ!」
開いたエレベーターは、何故か床に大穴が空いていた。
ジョーは両腕を前後に回しバランスをとる。
何とか持ち直し、壁に手を付いて踏ん張る。
「ふぅ~。あ、あぶねーっっ」
ホッとするのも束の間、今度は『獣に乗る女』B体が瓦礫を越え、廊下を走って後ろから凄い速さで追って来る。
「ゲッ!?」
とっさにジョーは、エレベーターの床に空いた穴を飛び越し、奥の壁に張り付く、
『獣に乗る女』ベイマスは、まるで重量戦車みたいに辺りを蹴散らし、力強くジョーを追ってエレベーターに入ってくる。そしてジョーの首を、もう捕まえ様とした時……
ガキンッ!
ガガガガッ!
ガキンッガキンッ――ガッ!!!
ヒューーーー………………………ガッチャーーン……
『獣に乗る女』B体はエレベーターの床の穴にはまり込み、勝手に落ちて行ってしまった。
「へ!?」
その様子を壁に張り付いていたジョーは、肩越しに呆然とした顔で見ていた……。