3.神話
フランス エソンヌ
『ブレティニー=シュロルジュ空軍基地』
フランス、エソンヌにある空軍基地。2011年、軍事費規模縮小により基地の統廃合が行われ、『ランス=シャンパーニュ空軍基地』や『タヴェルニー空軍基地』と共に閉鎖された基地である。
全盛期はフランスの重要な戦略基地として、第31航空団第2戦闘飛行隊『ノルマンディ=メイン』第31航空団第3戦闘飛行隊『ローレン』なども常駐していた。しかし近年、EU統合や、戦術の変化により、次第に縮小され、遂には閉鎖に至った。
現在は、空軍倉庫として管理運用されており、少数の兵士が警備に当たっているだけであった。
空軍基地の中央ゲートに、一台のワゴン車が静かに停車した。
1992年製『フォードトーラスSHO』3.2L,V型6気筒DOHCモデルだ。深みのある黒塗りのボディーに、クロムメッキが施された金属パーツ、窓には濃いフィルムが貼られ、まるで葬儀用の車の様にもみえる。不快と異様を併せた様な雰囲気をその車は纏っていた。
その『トーラス』に、ゲート警備にあたる兵士2人が機関銃を手に近づいくる。
コンコン。
兵士がサイドウィンドを叩き、開けろとジェスチャーする。15センチ程下がると、兵士の1人が、中を覗き込んで言った。
「ここは、民間人の立ち入りを禁止しています、ただちに、たち…の……」
言い切る前に、車の中から紙が渡された。その紙は、フランス政府発行の基地への立ち入り許可証であった。
兵士は慌てて壁にある電話を取り何処かへ連絡を入れる。やがて……
「失礼しました、そのままお進み下さい」
兵士が合図すると、重々しくゲートが開き、『トーラス』がゆっくり進んで行った。
「中尉、来ました」
管制室で、受話器を持った男が、中尉と呼んだ男の方を向き伝えた。
「そうか、こっちも1機目が間もなく着陸体制に入る、時間通りだ」
レーダーを見ながら中尉と呼ばれた男が返事をする。
「よし、1機目の着陸を確認したら、すぐに2機目も着陸させろ」
「了解」
管制担当の肩を軽く叩き指示する。
「まもなくここにお客さんがやって来る、しっかり飯を食わせてやれ、粗相の無い様に丁重にな」
「「了解」」
「それから、ここで見た物は、一切、他言無用だ、わかったか!」
「「了解」」
『トーラス』が、滑走路横の運搬用機材が置いてあるエリアに止まる。
扉が開き中からサングラスに黒装束の男女2人が、運転席、助手席それぞれに手に革鞄を持ち、降りて来た。
ひとりは2メートル前後、顔色が悪く土気色をしていた大男。首、腕、腿、胴、全てが太い、まるで樽の様な身体だ。
もうひとりの方は、ブルネット髪をアップにし、首の大蜘蛛の刺青と、真紫の口紅が、狂気的な艶美を持った女だった。
2人は、車の横を通り抜け、滑走路まで歩いて行き、そのまま待つ。
やがてその滑走路に機影が見えて来た。『アントノフ An―124』だ、爆音と暴風が『ブレティニー=シュロルジュ空軍基地』の滑走路を通り抜けて行く。『アントノフ』は滑走路ギリギリの距離を使い、着陸をする。そのままゆっくり機首の向きを変え、滑走路を外れてやっと完全停止した。
作業車両が近づいて給油を開始、『アントノフ』の扉が開き、中から一人の兵士が現れ黒装束の男女に近づいて行った。
「Mr.バンダールですね、乗って下さい、給油が終わり次第直ちに出発します」
兵士の後を、黒装束の男女はついて行き『アントノフ』に乗り込んで行く……。
その様子を、今、着陸したばかりの2機目『アントノフ』から、窓越しにオルグ指令とキースが見ていた。
「アイツらが『バンダール姉弟』ですか。噂には聞いていたんですが、お目にかかるのは初めてですね」
キースがつぶやいた。
「ヴァチカンが飼っている始末屋だ、ヴァチカンと言うよりドマ枢機卿が飼っていると言うのが正しいか。大男の方が弟の『ザキ・R・バンダール』刺青女の方が姉の『マリア・R・バンダール』本名かどうかは知らないが。ヴァチカン銀行のマネーロンダリング事件の時は、マフィア相手に裏でかなり活躍したと聞くが」
「ヴァチカンの闇の部分ですね」
「歴史がある分、闇も深いからな。噂ではなかなか良い仕事をするらしい……」
「今回の作戦には、直接参加するんですか?」
「いや、別行動だ。アイツらのターゲットは『冥約の王』だからな。チヤゴフ神父からの要請もあった、『同志等のスキにやらせて欲しい』だと。仕事の手口を見られるのも嫌なんだろう……それより、Mr.キース、キミもなかなかコンバットスーツが似合ってるじゃないか、良かったらウチの部隊に推薦しておこうか?」
いつものスーツ姿と違い、今回は現地立ち会いなので、キースは迷彩色のフルアーマーコンバットスーツを着用していたのだった。
「せっかくのお誘いですが、指令の部隊に入れられたら、3日と持たないですよ。ご辞退させていただきます」
「そうか? それは残念だな。ところで銃器の扱いの方はどうだ?」
「一応、一通りは扱えますが、あまり精度は期待出来ませんね」
「それで結構。せめて自分の身くらい守ってもらわんとな」
「わかりました」
「Mr.キース、『AS計画』の予定はどうなっている?」
キースは時計を見ながら答えた。
「えーと、パヴァリア結社メンバーのリスト対象者は13時より、速やかに各国のミリタリーグレード地下防空壕に誘導する様に指示してあります。我々が『獣に乗る女』と接触後、殲滅出来れば一旦回避されますが、作戦が失敗した場合、続いて『チベットリスト』の一般人対象者の方が、次に地下防空壕に退避します。全員の退避が確認出来たら、2時間以内に衛星からミサイルによるトリガーウィルスが世界中に散布される予定です」
「そうはならん事を祈るばかりだな」
「『獣に乗る女』が引き金となり『冥約の王』が現れたとしたら、我々が築き上げて来た人類社会が崩壊する事になるかもしれません。そうなる前に計画を発動させ、地球に残る魂が最後の1人になるまで保護させるのが、我々パヴァリア結社の存在意義です。その為に人類から悪魔と呼ばれる事あるとしても――」
「業の深い話しだ」
「そうですね」
その時、オルグ指令の前に兵士が現れた。
「指令、管制官から連絡が入っています」
「ん……わかった今行く。Mr.キース、我々は世界変貌の岐路の立会っている様だな」
「おそらく、その当事者の1人だと思います」
オルグ指令は笑って部屋を出て行った。