1.神話
フランス パリ、ベルメジャース・グループ本社(Bellmajors-group)
コンコン。
「失礼します。会長、お呼びでしょうか」
キースが室に入った時、アレサンドロは書類に目を通している最中だった。
ちらりとキースを見た後、再び書類に目線を戻す。それから暫く、キースはアレサンドロが書類を読み終えるまで扉の横で待っていた。
書類にサインを入れ、インターフォンで秘書を呼び書類を渡す。一言二言伝え、秘書は一礼をして会長室を出て行った。
その間、キースは黙ってその様子を見ていた。
「準備の方はどうだ?」
万年筆を、片付けながら、アレサンドロは訪ねた。
「はい、今回はオルグ指令も現地で指揮をとられる予定で、後2時間程で、出発の予定です」
「……そうか」
置き時計を見て確認すると
「キース、お前に見せたい物がある。今から私についてきなさい」
アレサンドロが、高級マホガニーデスクに両手をつくと、おもむろに立ち上がった。
「……はい」
キースは、何故このタイミングでわざわざ自分に見せる物があるのか、些か疑問をおぼえたが、13家長である父親の言葉は絶対であり、黙ってついて行くしかなかった。
アレサンドロは壁の電子認証の金庫から鍵束を取り出し、会長だけが利用出来る地下直通エレベーターに2人で乗りこんだ。
「キース、『獣に乗る女』の件、お前はどう考える」
エレベーターの扉を見ながら、アレサンドロが訪ねた。
「そうですね、元々、サンジェルマンの予言に対して、猜疑的に思っていましたので、『獣に乗る女』が現れた事についてが、正直驚きでした。しかし、これで予言が事実となりますと、ベルメジャース家含め、メンバーの地位、財産を脅かされる事になりますので全力であたる必要があると思います」
「フッ、杓子定規だな」
「…………。」
「キース、私に構わず本音を言ってみろ」
キースは、暫く黙っていたが、観念した様に
「……まぁ、猜疑的だったのは事実なので、少々不謹慎ですが楽しめそうだと思っています。今は遂に始まったかと言う気持が強く、最終的どうなるのか予測はつきませんが、自分の代に来た以上、立場的に許されるねであれば、今回の事柄を最後まで追いたいですね。サンジェルマンの黙示書に書れた『冥約の王』と『獣に乗る女』が、永きに渡り、我々管理者側が、統治して来たこの世界をどう終わらせると言うのか? そしてその事により世界はどう変わるのか? そもそも『冥約の王』が、世界を終わらせる旅の意味とは? 長年受け継いで来た、13家族の存在理由を成す事柄ですから、その全てに興味をそそられずにはいられないでしょう」
「……そうか、わかった。 ……では、今から見せる物は、お前に取って重要な意味を持つ物となるかもしれんな」
「え?」
アレサンドロが納得した様にうなづいたちょうどその時、エレベーターが地下6階で止まり、扉が開いた。
この場所はまだ、キースは入った事がない。おそらくアレサンドロだけが、使用しているフロアなのであろう。
「こっちだ」
足元を照らす灯りだけの、薄暗い廊下を歩いて行く2人。暫く行くと一枚の扉が見えて来た。鍵束を取り出し、開けて入って行く。中は2重扉の調整室が設けられており、中にある物の重要性が伺える。
更に奥に入ると、巨大な金庫があった。
アレサンドロが灯りを点けて金庫を開け始める。
「ここで待っていろ」
アレサンドロは1人で金庫室に入って行き、やがて中から、皮製の古い2つの箱を持って来た。
1つは小さいは15センチ×30センチの短い箱、もうひとつは15センチ×180センチくらいの細長い箱だ
「!?」
金庫の入口近くにあるテーブルに置いた。
「……キース、これは、我ベルメジャース家の家長が、管理する宝だ。開けてみろ」
キースが箱を1つずつ開けてみる。
箱には、それぞれ、錆びた釘と古い杖が入っていた。
「これは……?」
「それが、『十義の幻想』だ」
「!?」
アレサンドロが。突拍子もない事を言うので、キースは耳を疑った。
「どういう事でしょうか?」
「正確には、それらは『プラウェルコードだった物』だ」
そう言われても、意味がわからない。キースはアレサンドロに説明を求めた。
「それらは、元々は神器と呼ばれている物だ。その錆びた釘はキリストが磔刑の時に足に打ち込まれた釘。もうひとつはモーゼが使っていた杖だ。他にも『仏陀のボウル』、『ロンギヌスの槍』『ファラオの杖』などがあるが、他の家長達が保管している。ヒトラーが、当時、血眼になって探していた物だ」
「こ、これが……キリストの……」
キースも、噂は聞いた事があった。それを手に入れると、世界を我が物に出来ると言われている。第二次世界大戦中、オカルトマニアのヒトラーが、南アフリカ遠征をさせた理由も、この神器の1つを探させる為だったとも言われている。
「しかし、これらが『プラウェルコードだった』とはどういう意味なのでしようか?」
「それは昔、ヴァチカンが保有していた物だった。1917年に、何者かに盗まれたのだ。盗まれたと言ってもこれらが盗まれたワケではなく、これら持っていた『力』が盗まれたのだ……」
「『力』……」
「そうだ。記録によれば、それら神器には不思議な『力』があって、触れたり持ったりすると、失せ物が出てきたり、死んだ者の声が聞けたり、才有る者であれば、未来も視る事が出来た。しかし、ある日が『男』が現れて、神器の持つ不思議な『力』を全て奪い去ってしまったのだ。それ以降、神器はただのガラクタになってしまった」
「その力を『プラウェルコード』と……」
「そうだ。嘗てサンジェルマン伯爵がドイツで雷に打たれて死ぬ間際『プラウェルコードの準備は出来た』と言ったそうだ」
「そうなると、『プラウェルコード』はサンジェルマン伯爵がこの神器に仕込んだと言うことですか?」
「…………いや、神器の力は彼が現れる前から存在していたのだ」
「ではサンジェルマンは、何を準備したのでしょう……?」
「キース。今回、お前もオルグ指令と同乗し日本に行け」
「!?」
「お前に、『獣に乗る女』の存在理由を、『冥約の王』となる者を、『十義の幻想』の意味を、そして予言の真実を、その眼で見て来るのだ。これは、家長であるワシの命令だ」
しばらくキースは、黙り込んでいたが、やがて。
「……わかりました。父上の命令とあれば、謹んでお請けいたします」
キースは、アレサンドロに頭を垂れた。
そして、神器を見据えた後、足早に部屋を出て行った。
残された、アレサンドロが、キースが去る後ろ姿を眺めていると、彼の携帯電話が鳴った。
「……マーカスか、……ああ、キースに神器を見せたところだ。彼は今から日本に向かう。……そうだ、後は進む道がアイツを導いてくれるだろう。我々が為すべき事は全て済んだ……そうだ。……うむ、私も今からそちらに向かう……。それから、他の同志達には十分注意してくれ。これは13家長のみ知る事だからな。そうだ……うむ、わかっている……全ては主の御名に……。ご苦労だった礼をいう……」
そしてアレサンドロは電話を切った……