2.SWITCH-BLADE HERO
ジョー達が入った所は、部屋と言うより巨大な工場の中2階のような場所だった。
照明は落としてあったが、かなり広く、野球が出来そうな位の広さがあり、高さも体育館の倍はありそうな正に巨大なホールだ。外からでは地下にこれ程広い施設が在る様にはとても見えない。
下を覗くと、床の上に太いケーブルやパイプがあちらこちらでつながっていたり、タンクのような物が積み上げられていたり、雑然としていた。
「ここで待っておれ」
元蔵がそう言うと、ジョー達が居る所から、部屋の真ん中に向かう、橋のような通路を、歩いて行った。
その先には、ジェットエンジンを剥き出しにしたような、円筒形の大きな機械が置いてある。
そしてその周りでは、白衣の研究員達が作業をしていた。
「沙織さん、あの大きな機械はなに?」
「あれはね、現在『SITL(犀川工科研究所)』が、他と協同開発をしている物。私達は『切り株』って呼んでるの」
「何に使うの?」
「まぁ、簡単に言うと『どこでもドア』よ」
「え、ドラえもんの?」
「そうそう。本当は『スピンバーン理論式粒子トンネル双方向間転移装置』と言うんだけど、名前が長いので略して『切り株』」
『スピンバーン理論』とは、インドの量子力学者、ネフ・ジャイネルが2009年に科学雑誌『CAFUS』に発表した理論。スピンネットワーク理論が基となっており、粒子のスピンは一定速ではなく、『関係』の影響によりスピンの速さは変移する。その速度域でそれぞれにスピンネットワークを形成させ、速度域ごとのスピンネットワークは『力場』を作り出し、速いスピンの『力場』は大きく、遅いスピンの『力場』は小さいとされる。『ネフの多重原理論』とも呼ばれている。
床を這っているケーブルやパイプが最終的に、繋がって、ごちゃごちゃしているが、確かに切り株を横向きにして、2つくっつけた様にも見えるる。ナルホド、上手い例えだとジョーも関心したていた。
『犀川所長、FWの書き換えが完了しました』
スピーカーから放送が聞こえた。
ジョーの居る場所の右側に、ガラス張りのコントロールブースがあり、『転移装置』の近くで、他の研究員と話していた元蔵が、そちらに手を振って、了解の合図を送った。
暫くすると元蔵が、走りながらジョー達の所に戻って来る。
「ジョー、今から実験を見せてやるから来い!」
元蔵が、冴えた笑みを浮かべて言った。
ジョー達は、元蔵の後を付いて、コントロールブースに入った。
「爺ちゃん、楽しそうだなぁ」
「犀川所長は、ここではいつもあんな感じよ」
「ヘェー。家じゃ単なる不器用でワガママな爺さんなんだけどな」
ジョーは、元蔵の意外な一面が見えたので、ちょっとオドロイた。
中には、4人の研究員が座っている。皆、顔を覆うヘルメット様な物を被っていた。
狭い場所なので、ジョーは邪魔にならない様に、部屋の隅に立つ様にする。
「安藤君、FWのバージョンは良いかね」
元蔵が、ヘッドセットを着けながら、研究員の1人に訪ねた。
「はい、FWは『6.2.00335d』から『6.2.00337a』に変更しました」
「よし、前回より粒子の流れが強い、数値変化には十分注意してくれ」
「はい」
元蔵が、マイクのスイッチを入れる。
『各員は所定の場所に退避せよ。繰り返す、各員は所定の場所に退避せよ』
サイレンが鳴り辺りは急に慌ただしくなり、研究員達も小走りしたり、チェックボードに書き込みしたりしていた。その中でジョーはトレーに何か乗せて『転移装置』に向って歩いている人を見つけた。
「沙織さん、ほらあの人、トレーにナニ乗せて運んでるんです?」
「あれは実験用に準備した9999(フォアナイン)の純金ね」
「金?」
「そう。金は電気電導が高く、また化学的腐食や、空気や水分による浸食に強いからね、実験には都合がいいの」
「へぇ」
セットが終わったらしく、先ほどの人が『転移装置』から出てきた。
元蔵がコントロールブースから、しばらく辺りを見回す。
脇を開き揉み手をしながら、気合いを入れる。
「さぁて、始めるかな、安藤君やってくれ」
振り向きながら、人差し指を立てて研究員に合図をした。
『わかりました。加速機始動っ』
「「始動!」」
マイクからの声にコントロールブースの研究員が復唱する。
ドギュン! ……ウォオオオオオオオオオオ――
『転移装置』が青い光と共に低い重力音を発し始めた。
『開始1分前、粒子加速機の出力上昇中、現在67%』
『P‐20波、確認。計測入ります』
『まもなく、第1加速域から第2加速域に入ります』
次に『転移装置』の入り口の回りにある、サークルが発光しながら回転し始めた。
「粒子状況報告!」
元蔵がの口調がキツい。
『粒子状況グリーン、レンジ内です』
『出力88%、インガルC波動サーキュレーター接続可能まで後10秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1、接続!』
ドッギュルルルルーーー!
『接続』の声とともに『転移装置』から発していた音か変わった。サークルのスピードが更に上がる。
『インガルC波動サーキュレーター接続完了!』
『ポッド内、変化無し、アルブチェンバー正常に加速中』
『P‐20波、上限値を超えました、共振が始まります』
ヴィィィァァァアアアアアーーーーー!!!
「よおおおぉぅし!キタキタキタキタキター!」
元蔵が興奮気味なのがわかる。
「爺ちゃんダイジョウブかいなー」
「ダイジョウブよ」
沙織がポケットに手を入れたまま答えた。
『スピンバーン確認!』
『転送開始まであと18秒』
『バレットを装填っ!』
沙織も、身を乗り出して来た。
「いよいよ始まるわ、ジョー君」
「…………」
『転移装置』は光と音を最大ボリュームで発していた。
「転移開始!」
『開始!』
元蔵の合図と同時に、『転移装置』から発する光の色が青色から赤色に変わった。
数値を読み上げる研究員
『転移開始しました。91%、80…74…65…50%…44…40…30…20…10%、9、8、7、6、5、4、3、2、1、転移完了!』
続いて別席の研究員がカウントを始める。
『再生開始、15…25…35…45…50%、55…60…65…70…75…80…85…90%…95…96、97、98、99、再生完了……成功です!』
「やったあああああーーー!!」
元蔵が両手を天に拳を突き上げて喜んだ。
「「ワアァァァァーー!」」
研究員達が、元蔵に駆け寄り、辺りは騒然としている。
「所長、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ありがとう!ありがとう!」
揉みくちゃになりながら、元蔵は返事を返す。
下のフロアにいる研究員達も、手に持っていたチェック表を放り投げたり、身近な者と握手したり抱き合ったり大変な騒ぎだ。
「わぁーー!」
「やったーー!」
「うおーーーっ!!」
「わーー!!!」
そんな中、ジョーは沙織に声話し掛けた。
「エート。沙織さん、アノーよかったら、今から沙織さんの研究見せてもらます?」
「ええっ!? いいの? せっかく犀川所長が、実験を成功させたのに……」
「いやぁ、なんか凄い実験だというのは判ったんですが、音がうるさいばっかりで、どう凄いのかサッパリで。ハハハ……」
ジョーは頭をカキながら、恥ずかしそうに笑ってごまかしていた。