1.SWITCH-BLADE HERO
日本 SITL(犀川工科研究所)
アキオを自宅前まで送った後、ジョーは元蔵の着替えを持って『SITL(犀川工科研究所)』の駐車場までやって来た。
先ほどの、兄ちゃん達とのやりとりは、気にはしていないが、これからもこんな風に、毎回狙われと思うと、さすがに気が重い。
夏休みの間だけでも、地元を離れてようかと、ぼんやり考えていた。
「しかし、バイトもあるし、休み中も大学行く事多いし困ったなぁ…」
つくづく面倒な事になったと、思いなから車から降りた時だ。
……ドクン
「あ!?」
……ドクン……ドクン
最初に心を、薄い氷が包み込んで行く様な感覚に囚われた。
「……来た」
突然景色が色を失い、自分の存在が、風景の一部に吸い込まれ、希薄になって行く感覚。石や樹木達と同等になり自我が無くなって行くのだ。ジョーは嗚咽を洩らしたまらず片膝を付く。
眼を閉じ、その場で凍り付く。ジョーの中で時が止まると同時に、思考も停止して行く……。これがアキオに話していた『現実感の損失』なのだ。
「誰!?」
その時、ジョーは異なる感覚に違和感を覚えた。いつもであれば、その希薄な自我の海を漂うのであるが、今はその中で何処か遠くから、何かの視線を感じるのだ。
その視線によりジョーは自我を強く取り戻し、閉じていた眼を開いた。
「……これは、なんだ?」
顔を上げ見渡すと、先程まで居たはずの駐車場が、今は風景が一変していた。
地面も、木も、人も、車も、街も、夜空も、全てが光の粒子に変わっていた。
自分の足下から竜巻の様に光りの粒が巻き広がって行く。なんだか風にめくられ、世界に隠された本来の姿を現わす様にも見える。
風景も変わってしまうなど、こんな事はジョーにとっても初めての経験だ。
そのまま暫くジッとしていると、見えている風景が次第に通常になって来た。
「ふぅ」
落ち着いて来たので、ゆっくり息を吐いて立ち上がる。
「ハァ……大丈夫かなぁ? 俺……」
軽く首を振ってみる。
「やはり明日は、オータニさんトコ相談に行ってこよう」
アキオが話していた、大学の教授の事だ。
少し眩暈が残るが、何とかジョーは駐車場に『T‐REX』をおいて歩き始めた。
南原山市を見下ろす、旭ヶ丘の中腹にある、『SITL(犀川工科研究所)』本社ビルは、地上8階、地下6階の巨大なサイロの様なデザインの建物だ。
様々な研究を行う為、裏の丘がまるごと一面施設の敷地となっているのだ。 ここの地下には民間としては最大級の加速機が数キロに渡り設備され、現在でも丘の頂上付近に新たな実験施設が建設中である。
研究の秘匿性が高い為、敷地の壁には監視カメラと赤外線センサーが至る所に設置されていた。
この時間だと、既に本社ビル正面入り口は閉まっているので、警備員が居る裏通用口を目指す。ジョーは、厚い扉の横に取り付けられたインターフォンを押した。
「こんばんはー、犀川です。祖父に頼まれた荷物を持って来ました」
ジョーのは扉の上にあるカメラに顔を向けた。
「ジョー君か、ちょっと待っててな、今開けるから」
インターフォンから男の声がすると、エアーダンパーの圧縮音が聞こえて、裏口の扉が開いた。
中は、二重扉になっていて、ここにも監視カメラが設置されている。
中から60歳代の、生真面目そうな、初老の警備員らしき人が現れた。
「また所長のお使いかね、タイヘンだね」
「関さん、こんばんは」
ラボの立ち上げ以来、この仕事をやっているベテラン警備員の関さんだ。
「ジョー君、せっかくの夏休みなのに、こんな所に来ていて良いのかね? デートとかあるんじゃないの?」
関さんはニコニコしながら話し出す。
「ジョー君、彼女は?」
「え~、はっはっはっ。色々忙しくてそれどころじゃないです、ハイ」
あまりにズバリと言われて、返事に困るジョーだった。
「そうか、おらんのか。どうだ? ウチの娘達なんかは?」
「へ?」
「親の僕が言うのもナンだが、なかなかの器量だぞ」
「あ……いやぁ……あの~」
「ジョー君なら、きっと娘達も気に入るはずだ。なんなら今から電話を――」
「ち、ちょ、ちょっと待って!」
ポケットから携帯電話を取り出そうとする関さんを、ジョーは慌てて止めた。
「関さん、そんなにジョー君からかったら可哀想ですよ」
「沙織さん!」
裏口扉の前に研究員の北島沙織が白衣を着て立っていた。
「え、からかって……? そうだったの? ヒドいなぁ関さん」
ジョーは、ニガ笑いしながら関さんに訴えた。
「いやいや、僕はいつも本気だよジョー君。娘達の事が気になったらいつでも連絡してくれ」
ニコニコしながら関さんが言うので、冗談なのか本気なのかわからない。
「はぁ……」
ジョーはリアクションに困って溜め息をついた。
沙織が、関さんに告げる。
「関さん、ジョー君は、今日はこのままラボを見学して行きます」
「そうですか、わかりました。」
関さんは応えると、ジョーにバッジを渡した。
「これは?」
貰ったバッジを胸に付けながら関さんに尋ねた。
「それは来客用のIDバッジだよ、帰る時に、そこの返却ボックスに入れておいてくれるかな」
「了解」
「じゃ、ジョー君こっちに……」
「はい、じゃ関さん失礼します」
関さんはまたニコニコしながら手を振った。
通路奥のエレベーターに立つ2人。エレベーターを呼ぶと沙織が話し出した。
「所長が、今、ちょっと手が離せななくて、私が空いたから変わりに迎えに来の」
「そうなんですか」
沙織は話しながら、地下3階のボタンを押した時、ジョーが突然。
「そうそう! 沙織さん。辛子明太子ありがとうございました、旨かったです。婆ちゃんも、『美味しい、美味しい』言って喜んでました」
ジョーは、以前に沙織から貰ったお土産の事を急に思い出し、お礼を言った。
「それはヨカッタ。いつも実家から食べきれないほど送って来て困っていたから、来たらまたお裾分けしてあげるわね」
沙織も満足そうな顔をしていた。
「沙織さん、関さんって本気か冗談かわかりにくいですね」
「あはははは、確かにそうね。でも……残念だったわねジョー君、関さんの娘さん達、美人揃いで有名なのよ」
「ハハハハハ……」
急にそんな事言われても、どうにかなるワケでは無いがなぁとジョーは考えていた。
「沙織さん、爺ちゃんと一緒に仕事やってるんですか?」
「今は所長とは別のプロジェクトを扱っているの。良かったら後で見せてあげる」
「ナーイス♪」
エレベーターが地下3階に着き、扉が開いた。
「ところでジョー君は、前からメガネ掛けてたっけ?」
「コレですか? 伊達メガネです」
ジョーは、両手でメガネを外してレンズを、沙織に覗かせた。
「ほら」
「え、どうして伊達メガネなんか……?」
「それはなー! 婆さんに無理やり掛けさせられたんじゃ!」
「所長」
「じ、爺ちゃん……」
気がつくとエレベーターの前に元蔵が腕を組んで立っていた。ちょっと手が空いたので来たらしい。
「沙織君コイツはな、以前、地元チンピラ相手に、大立ち回りをやりおって、婆さんに『眼つきが悪いのが原因だ』と言われてそのメガネを掛けさせられているんじゃ」
「だからそれは勘違いだって。そもそも向こうが……」
「ジョーが頭から血吹きなから帰って来た時、婆さん驚いて腰抜かしおったわ」
「……ちぇ」
「アッハッハッハッ!! ジョー君は相変わらず元気なわけね」
「し、沙織さん……」
ジョーは、沙織に訴えた。
「ほれ、着替えよこせ」
元蔵が右手を差し出し、手のひらをヒラヒラさせた。
「ダメ、爺ちゃんの研究見せてくれるって言ったじゃん」
「ちぇ。わかっとるわい、ついてこい」
元蔵は不機嫌そうにしながらジョーと沙織の前を先に歩いていった。
広い廊下を奥まで歩いて行く途中、いくつかの硝子扉があり、何やら中で作業する人達の姿が見える。
幾人かと眼が合ってにこやかに手を振るジョー。
「愛想は、ふりまかんでよい」
肩越しに元蔵がクギをさす。
「ヘヘヘッ」
どうやら、ジョーはワクワク感が納まらずテンションがかなり高い。
やがて突き当たりの扉の前に着いた。
元蔵は振り向き、真剣な表情でジョーに言った。
「ジョー、ここから先は最重要秘密がある、ここで見た物は、誰にも言うな。もし話せば、さすがにワシもお前を助けてやれん。だから誰にも言うなよ、約束だぞ」
「わかった」
ジョーも、元蔵の顔が真剣なのに気付き、真顔で応えた……。
そしてその扉が開かれていった。