3. PROPHETIC DREAM
ネパール アンナプルナ山系
マチャプチャレ
標高6993メートル、アンナプルナ山系にある人類未踏峰の山。
シヴァ神の住む霊峰として地元民に崇拝され、登った者は生きて帰れないと言われている。
現在でも登山が禁止されているこの山は、まさに天にそびえる人外の聖域。
マチャプチャレ(魚の尾)と言われているその頂は、割れた硝子の様に鋭く鋭利で、常に氷と雪に覆われ、風が轟々と音をたて巻き上げる。まるで怒れるシヴァ神の息吹のようだ。
ここは既に生ける物は皆無であり、下界とは理を異しているのであった。
氷壁の世界に、一カ所だけ、蒼白く輝く場所があった。
そこは山肌に出来た巨大なクレバスだ。
何万年前からそこに在るのだろうか。
時すら凍りついてしまいそうな氷点下のこの世界に、その割れ目から漏れる淡い光のみが、唯一、時を感じさせる。
その淡い光は、大きなクリスタルであった。
クレバスの奥の方から、回りながら浮かぶクリスタルが、ゆっくりと点滅を繰り返していた。強く、弱く、たゆまぬ慈愛の象徴のように輝きとリズムを持っていた。
そして、そのクリスタルの周りには、『獣に乗る女』達が囲む様に立っていた。
クリスタルの光が『獣に乗る女』達にあたり、その姿を浮かび上がらせている。
その光を受け、2体の『獣に乗る女』が、クリスタルを見据えて立っていた。
クリスタルの聖なる輝きとは対照的に、全身を包む朱色の金属鎧は、禍々しく呪詛と狂気を思わせるコキュートス(嘆きの川)に氷漬けになっているルシファーの様だ。
『ヴォルティス、ノストゥラ、私の声は届いていますか』
クリスタルを通して、思念が送られてくる。
「はい、届いています、姐様」
1体のレヴィアスンが応えた。
『この宝珠も、もうすぐ割れてしまいます。これが最期の通信となるでしよう』
2体ともクリスタルの近くに寄ってくる。
『ヴォルティス、ノストゥラ、私は2つの気持ちで心が裂けてしまいそうです……』
クリスタルが点滅する。
『1つは、あなた達が選ばれたという、誇らしい気持ち…。そしてもう1つは……あなた達と2度と会うこと出来ないという姉としての苦悩……』
「…………。」
『そちらの世界に行く為に、あなた達は、人の身を捨てました。1度そちらに行けは再びこちらに戻る事は不可能でしょう……。姉妹としてこれほど悲しい事はありません。
特に、レイシアは、あなた達が館を去ってから、ずっと泣いて部屋から出て来ません』
『獣に乗る女』達は動かない。
『イーフの神々は、何故にあなた達を選んだのでしよう』
朱色の『獣に乗る女』1体が語り始めた
「……姉様、レイシアにはすまないと思いますが、ノストゥラも私も、神の名において選ばれた事を栄誉と思っています」
『…………』
そして、もう1体も話し始めた。
「……姉様、これは、必ず誰かがやらなければならない事なのです。『オネヴォルカノン(神々の語る書)』によれば、このまま『冥約の王』が私達の世界で『十義の幻想』を集め、評定されれば、私達の世界は消えてしまいます。
そうさせない為には、我々が『評定する者』を抹殺するしかありません。その為にイーフの神々は、ヴォルティスと私を選ばれたのです」
『立派ですねヴォルティス、ノストゥラ。あなた達は、家族の誇りです。どうかヴァルハラのドラルの泉で祝福されます様に……』
「……姉様、必ずや『冥約の王』を抹殺してみせます!」
2体の『獣に乗る女』達が、堅い決意を示した。
それは、全ての始まりであった……。