1. PROPHETIC DREAM
イタリア 現在 ナポリ、カポティモンテ・ロッジ
イタリアパヴァリア結社のカポティモンテ・ロッジには『歓喜の間(Camera di gioia)』とよばれる部屋がある。
その部屋は、通常の会合で使われる事は無く、普段は扉に鍵が掛けられていた。
黒檀で造られた扉は、中央に2匹の獅子の彫り物が刻まれている以外は、別に変哲のない古い扉だ。
しかし、その扉を開ける事が出来るのは、世界でも限られた人間だけである。
パヴァリア13人の家長のみが、その部屋を開ける鍵を持つ事が許されているのである。
扉の中、『歓喜の間』は、ロッジの外観からすれば、古い部屋に思えるが、中には、壁に最新パネルモニターがあり、部屋の真ん中に、非接触型キーボードがついた、U字型の巨大な卓が置かれている。その卓に、家長達が座っていた。
13人の家長とは、世界の富の5分の1を保有し、この世界のビジネスを支配している存在である。
石油、繊維、鉄鋼、金融、鉄道、航空、造船、株式、etc、それぞれが、適した能力により、その業界を握り、収益を上げている。
メンバーを見れば、経済学者や、ジャーナリスト達が、眼を輝かせて喜ぶであろう、世界のトップ50に名を連ねる常連達が、ずらりと、一つのテーブルに座っているのだ。
表社会では、常識的に有り得ない光景だ。
13家長の中でも、一番の発言力を持っているのは、ユダヤ民族の『サダシュ』『バラシュ』直系の血族である、3家族の家長、『ダンガード家』のネビュラ、『オルウィン家』のマーカス、そして『ベルメジャース家』のアレサンドロ。キース・ベルメジャースの父親だ。
特にパヴァリア結社トップ13の中でも、キースの父アレサンドロは、会のまとめ役として、不動の信頼を得ており、実質的なリーダー役である。
アレサンドロ・エリオ・ベルメジャースは、日焼けした顔に、白髪をオールバックにし、背は高く、イタリアスーツを品良く着こなし、眼光鋭く、68歳でありながら、衰えのかげりすら感じさせない、全身強いオーラを身に纏っている漢だった。
本日、『歓喜の間』にて、『アレサンドロ・エリオ・ベルメジャース』命による13家長の召集がかけられ、まさにパヴァリア結社トップの会合が開かれていた。
彼ら13人が座る卓の外側に囲む様にもう一つ卓がある。そこには数名の男達が、座っている。オブザーバー用の席だ。その中に、キースも、オルグ司令の姿も見える。彼らは、本日の会合に参加しているが、必要以外の発言を止められている。
アレサンドロが進行役で会合が始まった。
「諸君、集まってもらったのは、他でもない。情報は入っていると思うが、昨日、ジュネーブ郊外『TDエレクトロニック本社』敷地内で、遂に2度目の『獣に乗る女』が現れた。この事についての情報の共有と、今後の対応について検討したい」
アレサンドロが家長達を見据えながら話した。
「それから、本日はバチカンより、『獣に乗る女』の件に関してドマ枢機卿の代行者として、チャゴフ神父に参加してもらう事になった」
外側の卓に座っていた、鷲鼻に金縁丸メガネの色白小男が、紹介を受けて立ち上がり、鼻から一礼をした。一見すると鼠を想像させる、神経質そうなタイプだ。
「それでは議題にはいる、まずはキースに、スイス『TDエレクトロニック本社』て起きた事象と、黙示書との相違性についての報告をしてもらう」
アレサンドロは、自分の息子に目線を送る。
キースは立ち上がると、一礼をして家長達の卓の正面壁にあるパネルモニターの前に行く。
「―それでは、『TDエレクトロニック本社』にて起きた『獣に乗る女』の説明いたします」
キースの後ろのパネルモニターに、『獣に乗る女』達の動画と、その姿のCG画像が表れた。
「今回『TDエレクトロニック本社』に現れた『獣に乗る女』は2種類。 サン・ジェルマンの遺した黙示書によると、それぞれ『ベイマス』と『レヴィアスン』と呼ばれている種類の様です。情報としては青紫色の奴がベイマス。全長約5メートル、重量は約6.6トン、特長として腕におよそ10000ボルトの雷球を発射する機構が付いた重量級のタイプ。そして朱色の方がレヴィアスン。こちらは全長約3.8メートル重量は約4.5トン、両手に電磁ソードを備えた軽量タイプです。おそらくこちらの方が指揮型かと思われます。それぞれベイマスが102体、レヴィアスンは2体。両種類とも44年前の初遭遇の時と同じ種類に間違いありません。この後オルグ司令より説明がありますが、両種類ともかなりの戦闘力を持っており、我々の武器はほとんど歯が立たない状況でした。」
更にキースは続けた。
「『獣に乗る女』達の行動ですが、『TDエレクトロニック社』内にて、死んだ社員や兵士達の体を別の場所に運んでいる行動が確認されています」
パネルモニターに、建物内の監視カメラの映像が流れ『獣に乗る女』達が、死体を引き摺りながら建物の奥に運ぶ様子が動画として流れる。
「これは、『M・O・T』が突入する20分前の映像です。 この後、突入した兵士達も、殺されて、あるいは負傷したまま、同じ場所に運ばれて行きます」
家長の一人がキースにたずねた。
「こいつらは、何処へ連れて行くのかね?」
「連れて行かれる先は、地下4階の大型実験施設です」
「目的は?」
「はい。ここに残された281人の遺体すべてに、耳の後ろの部分に直径2.5ミリ深さ約40ミリ程度の刺し傷がありました。細かい調査結果はまだ出ていませんが、おそらく体から何かを採取していたと思われます」
家族長達は、何かに納得するかの様に互いに見合わせてうなづく。
キースは報告を続けた。
「この辺りの事は、黙示書に書かれている、伝説の王を捜しているのではないかと思われます」
「王?」
「はい、王です」
キースは目線を他の家長達に送った。
「サンジェルマンが残した、黙示書の文中に出てくる『プラウェルの色を見る冥約の王、此れ評定する者なり』『杖振るい評定する、天使ガリズル(ラジエル)の書を持つ者』あるいは『汝、契約の指輪をかざすダビデの息子』と言われている者を探しているのではないかと、我々は判断しています」
「…………ソロモン王か」
サレサンドロがそこで呟いた。
「……はい。表記上ではおそらくは、ソロモン王になぞられています。しかしそれは比喩的なもので語られているのか、それとも本当にソロモン王に何か関係するものか、今の我々には判断できません」
「……続けて」
「もそも黙示書『アシュケナジーへの伝言(Message a la Ashkenaz)』とは1784年2月、サンジェルマンが死んだとされた、ドイツの古城で発見された古本です。実は、彼がアデマール夫人に残した啓示書だった言う説もありますが。その内容は、その後起きた、フランス革命や第一次・第二次世界大戦、キューバ危機、ソビエト崩壊、全て予言として書かれています。中には明らかに起きていない予言もありますが……。元々、44年前と今回を含め『獣に乗る女』の出現については、こう記述されています。『14‐6、今より光満ちる頃。冥界の蛮星、カイロス教会の鐘を鳴らす。『獣に乗る女』一度目の鐘、第一の封印を解き給いし時、断罪しレヴィアスン(リヴァイアサン)を呼び、二度目の鐘、第二の封印を解き給いし時、群鬼ベイマス(ベヒーモス)を呼び、三度目の鐘、第三の封印を解き給い時、狩者ジズーを呼ぶ。集いし魂は約定に従い、鉛の人形を冥約の王に差し出す。冥約の王、鉛の人形を炉にくべて溶かし、鍵と錠を作る。民、これを契約の指輪と呼ぶなり。冥約の王、これを用い『十義の幻想』を求め評定する』……と、この様に記述されています。一度目は44年前のバルト海、二度目は今回のジュネーブ、そしておそらく次の出現が本当の始まりであろうことは間違いありません」
(3/12)最後の文章がおかしかったので、修正しました。