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1. メフィストフェレスとのドライヴ

 日本 南原山市市民体育館

 

 体育館横の駐車場に、赤色のひときわ異様な車が止まっている。 車と言うよりも、ゴーカートに近いだろう、爬虫類を連想させるデザイン、車高は低くく水滴型、前2輪、後1輪の3輪の車だ。


『T―REX‐14RR』。

 カナダの『カンパーニャ・モータース』が製造する、3輪自動車。

 日本のバイクメーカー、カワサキの『ZZR‐1400』のエンジンとミッションを搭載し、乾燥重量472kg、最高出力197HP、0~100km/h加速3,9秒、ピーキーなモンスターマシンだ。

 

 普段、必要な物以外、殆どねだる事をしないジョーだが、唯一、大学の入学祝いに元蔵達に強くねだった車だ。

 当時、祖母の絹代は反対したのだが、元蔵の方が、ジョーがねだるのは珍しいからと、車をよく見ないで許したのである。

 どこぞの『お洒落なスポーツカー』くらいに考えていた元蔵は、あわよくば、自分もたまに使わせてもらう車つもりでいたので、車が家に来た時、元蔵は思わず「なんだこりゃ?」とつぶやいていた。


 その後、元蔵は止めるジョーや絹代をよそに、強引に『T‐REX』に乗り込んだ。

 車体も軽自動車みたいに小さいし、大したことないだろうと、加減も診ずにアクセルをベタ踏みしてしまう。「ギャギャギャギャギャギャ――!」と急に後輪が滑り出し、右側のガレージの壁にぶつかりそうになった。 元蔵は、慌ててハンドルを戻す。すると今度は、反対側に停めてあったベンツS-classAMGにぶつかりそうになり、更に焦って、またハンドルを逆に切る。グニャグニャと、蛇行を繰り返し、その間中、元蔵は、「やめてとめてやめてとめてやめてとめて――!!!」と言い続けていた。

 ジョーも『T‐REX』が暴れて近づく事が出来ない。

 しばらくすると、偶然、元蔵がアクセルを抜いた。そのせいで、それまで滑っていた後輪が急にグリップを取り戻し、「ドキャッ!」っと言うタイヤが鳴く音の後、『T‐REX』は一気に加速。元蔵の叫び声とともにガレージを飛び出し、そのまま庭の林に激突。『T‐REX』は納車初日に廃車になってしまった。

 

 元蔵は絹代に酷く怒られ、お詫びにジョーへは2台目の、更に前のモデルより更に高いエアロ付のモデルを買う羽目になり、それ以来、元蔵は決して『T‐REX』に近づく事はなかった。

 元蔵は、りっぱな技術者だが、妙に子供っぽいところがあり、年甲斐もなく無謀な事をしてよく怒られるのであった……。



 練習を終え、駐車場に戻って来たジョーはスポーツブランドのロゴが付いたエナメルバッグを助手席に投げ入れて、『T‐REX』に乗り込む。

 練習中と違って、タオルは巻いていないし、今はスクエアフォルムの眼鏡をけていた。

 ジョーはキーを回し、エンジンをかける。

 エキゾーストから聞こえる音はまさしく『ZZR1400』のサウンドだ。

 そして暫く暖機をとる。

 ジョーは元蔵の廃車事故以来、懲りて誰にも運転させる事は無かった。

 

 テンプメーターが動き始める頃、残って特別メニューの練習をしていたはずのアキオが、後ろから声をかけて来た。


「なんだジョー、岩月メニューやっていかないのかよ」

「家に用事出来たから帰るわー」

「なに? まてまてっ、ンじゃ俺も帰る」

「別にアキオはやって行けは良いじゃん」

「ハハハ。じつはは帰りの足が無いのだ。たのむっ!家まで乗せてってくれ」


 右手を眉間の前に垂直に立てて、拝むアキオ。


「……アキオ。今日、最初から俺をアテにしていたろう」

「ジョー君スルドいねー、正解。今カバン取って来るから、しばしお待ちを。」


 あっという間に戻って来たアキオは、そのまま『T‐REX』に乗り込んだ。


「ジョー君、やってくれたまへ」


 アキオはシートベルトを付けると右手を上げて前方を指した。

ジョーは黙って『T‐REX』を発進させた。

 

 夏の夕暮れは、太陽が街並みに沈始める頃でも、ビルやアスファルトに日中の熱がまだ残っている。

帰宅途中のサラリーマンやOL達もハンカチで首元の汗を拭いながら、駅の改札口から溢れ出てきていた。

 そしてそんな頃、その熱気に当てられ、エネルギーを持て余している10代の若者達が、夏の思い出を作ろうとしてか、駅前や公園等あちらこちらで、数人のグループを作り語り始めていた。

 大人から見れば、それは実に他愛も無い会話であろう。しかし彼らにとっては、大人に成るための大事な経験でもある。

 そんな街の風景を横に流しながら『T‐REX』を走らせていた。


暫くすると、いつもこの時間に自然渋滞になる交差点に近づいてきた。

思った通りやがて赤信号に捕まってしまった。


「ーーでさ、その後、佐野さん真っ赤な顔で怒ってさ、アクシデントだって言っても、全然聞いてくれないの、マイッタよ」


車の中では先程から、アキオが今日練習中に起きた金的攻撃の事で盛り上がっていた。


「あれは俺もワザだと思ったなぁ、佐藤さん、ちゃんとカップ着けてたのに、かなりダメージだったろ?」

「イヤイヤイヤ。違うって! 狙ってないって!」

「イ~~? もしかしてあれがアキオの必殺技? 」

「ち、違うって!!!」

「でも、あの状況で金的が入るかなぁ」

「だからあの時は、俺が低い位置からボディブロー狙いに行ったら、佐野さんが一歩踏み込んできちゃって、それでズレてヒットしただけだって」

「知ってるよ。でもその後佐野さん、顔ムラサキ色にして、アソコ押さえて『フォォーーーッ!!』って叫んでたっけ」

「プッ!」

「アキオ、お前笑ってるゾ」

「そ、それはジョーが思い出させるからだよ」

「やっぱり面白がってるな」

「ち、違うって!!」


このまま続けるとマズイと思ったアキオは、無理やり話題を変える事にした。


「そ、そいやぁさー、今晩、巨大惑星が地球に接近するって噂知ってる? 」

「あ? なにそれ」

「先月末頃から急にネットで噂になっている話なんだが、なんでも伝説の惑星が、太陽系内に来ていて、それが今晩、地球に最接近するんだってよ」

「ヘー初めて聞いた。でもそれなら、今頃テレビとかで大騒ぎになってるんじゃない? フツー」

「ネット情報によると、マスコミは情報規制されているらしい。それにな、その星は、どうやら眼に見えない惑星らしいんだ」

「凄い話だなぁ」


ジョーが『T‐REX』の中で笑った。


「そんな見えない惑星なら、どーやって来ているのか解るの?」

「さぁ、それは俺もわかんね。ネットじゃ色々書いてあったケド忘れた」

「なんだか都市伝説だねー」

「まぁな」

二人のたわいも無い会話は、暫く続いた。


「…………。」

「……アキオ、お前さ」

「ん!?」


それまで笑っていたジョーが、急に真顔なりアキオに話しだした。


「自分が覚えてる一番古い記憶って、何歳頃?」

「え!?」

「アキオの一番古い記憶だよ」


突拍子もない事を話し掛けてきたので、思わずアキオは聞き返してしまった。


「う、ウムゥ……そうだなぁ、ケッコー記憶にあるのは、幼稚園の頃に、森林公園に遠足行った時の事かな、みんなで行って凄く楽しかったのを覚えてる」

「……」

「だから、たぶん5歳くらいじゃないかな」

「そっか」

「どうしたんだ、突然に?」

「俺さぁ」

「うん」

「覚えてる一番古い記憶って、まだ産まれて間もない頃で、タブン2ヶ月目か3ヶ月目くらいかな、明るい日のあたる部屋で、白木に水鳥と魚の絵が付いたベビーベッド中に寝かされて、窓の外をぼんやり眺めながら、とても退屈していたんだ」


アキオも黙って聞いている。


「ーーその頃、周りの世界は俺以外が全部作り物だと思いっていたんだ。自分が眠ると世界の全てが止まるし、自分が起きれば世界の全てが動きだす。窓の外の雲も、太陽も、近くに居た両親も、辺りに置かれている玩具や家具も、全てがそんな機能の付いた作り物だと思っていたんだ」

「へー」

「ずーっと忘れてたんだけど、何故か最近、急ににその事を思い出した」

「突然?」

「うん。昼にミモザ行って、ランチ食べてたら」

「なんじゃそりゃ」


ミモザは大学近くにある、ランチが安くて量が多いと評判の喫茶店だ。


「……アキオさ、例えば今自分達がやっている事が、現実に思えないっていう、そんな感じ経験ない?」

「現実に思えない?」


「そう、『現実感の損失』ってヤツ。最近、ふとそんな感覚に囚われるんだ。なんだろう、今こうしているこの世界が、なんだか作り物のように感じるって感覚」

「うーん、そんなの考えた事ないなぁ」

「それに時々、ボーッとして記憶が跳んでたりするし、さっき話した子供の頃の記憶とかも関係あるのかなぁ」

「ボーッとしてるのは前からじゃん」


アキオがそこは突っ込みを入れてみる。


「それって、もしかしてノイローゼ?」

「それだったら、それなりの原因があると思うが」

「無いのか?」

「まったく無い」

「まぁ、確かにジョーは、ノイローゼっちゅうタイプじゃないなー」

「そりゃどうも」

「いえいえ」

「何やっても、どっか希薄に感じる、なんか夢の中にいる様な感じが近いかな」

「じゃぁ今も?」

「体動かしていたり、集中してたりすると、気が紛れて、わりと気にならない」

「うむ……そりゃ重症だな。 ……ちなみにジョー君、信号が青だ。」

「あ。」


 指摘を受けて、ジョーは車を発進させる。


「いつ頃から?」

「ン…気になりだしたのは、ひと月くらい前から」

「さっき言っていた昔の記憶と同時期?」

「まぁ……だいたいそうだ」

「もう少し様子見て、あんまり変わらないなら、オータニ氏に相談したら?」


 オータニ氏とは、ジョー達の大学教授の事だ。


「やっぱりそれくらいしかない…な…ぁ?」

「!?」


 ジョーが、サイドミラーを見て訝しんだ。


「どうした?」


 アキオが、シートに座り直しながらジョーに聞いた。


「後ろ」

「ン…?」


 アキオも言われて反対側のサイドミラーを覗き込む。


「あー……」

「気のせいであって欲しいが、嫌な予感がする」

「ワハハハ」

「笑い事じゃないぞ、そのせいで、コレかける事になったんだからな」

「あぁ、眼鏡ね」


 ジョー達が乗ってる『T‐REX』の後ろには 、フルスモーク&ローダウンのトヨタ『マジェスタ』が、びったり後ろについていた。


「あーあー、ジョー君これは無理そうだ」


 アキオが、後ろを振り返り、そう言うのと同じくらいのタイミングで、『マジェスタ』が急加速をして、道の真ん中で『T‐REX』を被せる様に止まった。


「予感的中。あ~あぁ。またおばあちゃんに怒られる~」


 ジョーは心底嫌な表情を顔に出して呟いた。


「チーン」


 アキオが鐘の音を口ずさんだ。



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