表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

木に転生した俺、過去を変えて幼なじみを救う

作者: 琴井にう
掲載日:2026/04/19

どうやら俺は、どこかの校庭に生えている木らしい。


動けない。声も出ない。

視界だけが、やけに広い。


見上げれば青空。

視線を落とせば、土と雑草。


……なんでだ。


さっきまで普通に――


いや。


白い場所で、誰かと、何か話した気がする。


……そこから先が、抜けてる。


それはいい。


いいんだが――

ここ日本だよな?


こういうのは異世界ってお約束だろ。


それに、せめて人――いや動物でもいい。


……よりによって、木かよ。


「つかれたー!」

「どんぐりの木のとこ行こー!」


子どもたちが、俺の影に飛び込んでくる。


「おにごっこ、もう一回な!」

「えー、休ませてよー」


……平和だな。


ドンッ!


ぼんやり眺めていると、ひとりのガキが幹を蹴ってきた。


痛った……くはなかった。


ないはずなのに、なぜか腹が立つ。


「ほら、美咲、これやるよ」


そいつは、小さな虫をつまんで、女の子の前に突き出した。


「やだってば!」


逃げる女の子に、しつこく追いすがる。


「いいからいいから!」


――ああ、いたな。こういうやつ。


というか。


あれ、どっかで見た顔だな。


やけに見覚えがある。


無駄に自信満々な態度も、無神経な笑い方も――


……いや、待て。


まさか。


もう一度、よく見る。


虫を振り回して、女の子を追いかけ回している、あのクソガキ。


――あれ、俺じゃね?


そんな馬鹿な、と思う。


でも、目が離せない。


「ほらって! ちょっとくらい平気だろ!」

「やだってば!」


……うわ、最低だな、あいつ。


いや、知ってる。


ああいうこと、してた気がする。


胸の奥が、ざらついた。


見ていられなくて、視線を逸らそうとした、そのとき。


葉が、さわ、と揺れた。

風は吹いていない。


――揺れた?


意識を向ける。


揺れろ、と。


そう思った瞬間、枝の先が、わずかに動いた。


……動いた。


ほんの、数センチ。


それでも確かに、自分の意思で。


――動かせる。


その事実に、妙な実感が湧く。

もう一度、試す。


おぉ……


ぎし、と小さく軋んで、葉が震えた。

でも……これだけか。


子どもたちの声に、意識を戻す。


「いらないってば!」


さっきのガキが、まだ美咲に絡んでいた。


――ああ。


こんなやり取りも、あった気がする。


校庭の匂いも、声も、日差しも。

全部、どこか懐かしい。


……懐かしい?


ここは、どこだ。


ただの学校じゃない。


俺は、この場所を――

知っている。


ここは。


――俺の母校か。


じゃあ、あいつは。


虫を振り回して笑っている、あのガキは――


やっぱり、俺じゃねぇか。


認めたくはないが、目の前で繰り広げられている光景に、言い逃れはできなかった。


あのクソガキは、間違いなく俺だ。


……最悪だな。


美咲は、ようやく虫から逃げ切って、俺の影に座り込んだ。


「もう、ほんとやだ……」


小さく愚痴をこぼす。


その声に、胸の奥が少しだけ痛んだ。


――ああ、そうだ。


こいつ、こういう顔してた。


嫌がってるくせに、完全には怒らないで。

でも、ちゃんと困ってる顔。


なんで、今まで気づかなかったんだ。

俺は、こんな近くで、それを見てたのに。


……いや。


“見てた”んじゃない。


“やってた”んだ。


視線を逸らす。

でも、すぐに戻る。


気になって仕方ない。


美咲は、そのまま木の幹に背中を預けた。


……俺に。


なんだか、妙な気分になる。


守ってるみたいで。


でも実際は、何もできない。


そのとき。


幹の上を、小さな影が這った。


クワガタだ。


ノコギリか。


この顎の形……メスだな。


……久しぶりに見た。


思わず、意識を向ける。


おいでおいでー。


手はないが、そんな感覚で。


――あ。


枝が、わずかに揺れる。


ぽとり、と。


クワガタが落ちた。


「うわ、また虫じゃん!」


美咲が慌てて立ち上がる。


その声に反応して、あのガキ――俺が振り返る。


「どこどこ!?」


さっきまでとは違う、妙に楽しそうな声。


……こいつ、本当にどうしようもねえな。


それから、いくつかの休み時間が過ぎた。


「もういいかーい!」

「まーだだよー!」


今度はかくれんぼらしい。


俺の幹の裏に、ひとりが身を潜める。


……いや、見えてるぞ。


頭、丸出しだ。


枝を揺らす。


ぱさ、と葉が鳴った。


「うわ、やべ!」


慌てて位置を変えるガキ。


……まだ見えてるぞ。


まあ、いいけど。


そのとき。


ぶん、と低い羽音が近づく。


蜂だ。


子どもたちが騒ぎ始める。


「やば、蜂!」


……まずい。


意識を集中する。


枝を、大きく揺らす。


ばさり、と葉が鳴る。


その振動に驚いたのか、蜂はふらりと軌道を変え、そのまま離れていった。


……大したことはできんと思ったが。


やれることもあるもんだ。


安心するんだ、子どもたちよ。


俺の目の黒いうちは、蜂なんて近づけさせねえぜ。


目なんてないけどな。


気がつけば、日が傾いていた。


校庭の影が、長く伸びている。


子どもたちの声も、少しずつ遠ざかっていった。


「また明日なー!」

「ばいばーい!」


やがて、最後のひとりが校門を出ていく。


さっきまでの騒がしさが、嘘みたいに消えている。


風が吹く。


葉が、さわ、と揺れた。

昼間とは違う、ゆっくりとした音。


……今日は、騒がしかったな。


……まあ。

こんなのも、悪くない。


――――――――――


次の日は、大雨だった。


人間のときも、雨は好きじゃなかったが。


木になってからの雨は、もっとつまらん。


鳥も来ない。

虫も来ない。

子どもたちも、誰も来ねえ。


――美咲も。


そのとき、ふと引っかかった。


……あれ。


そういえば、あいつ。


卒業のとき、いなかったよな。


いや、違う。


もっと前だ。


突然、いなくなった。


理由は――


思い出しかけて、止まる。


ざああああああ、と雨の音が続く。


……そうだ。


事件。


巻き込まれて、それで――


それが原因で、転校した。


今日みたいな、夏の日。


大雨の、次の日だった。


……おい。


まさか。


明日か?


――――――――――


昨日の雨が嘘みたいに晴れ、空には雲一つ無い一面の青が広がっている。


子どもたちの声が、校庭に戻ってくる。


「やっと晴れたー!」

「昨日やばかったよな!」

「虫探してくるわ!」


子どもたちの流れの中に――俺がいた。


ランドセルを放り出すと、そのまましゃがみこんで地面を見ている。


……はぁ。


登校してきてすぐ虫探しかよ。

相変わらずだな。


いつも通りの朝。

 

そのはずが、

……落ち着かない。


理由は分かっている。


しばらくすると、女の子の姿が見えた。


――いた。


美咲だ。


……よかった。


何事もなく、来れている。

胸の奥のざわつきが、少しだけ緩む。


……うん?


校門の方。

周囲を窺いながら歩く、男がひとり。


知らない顔だ。


そのまま、美咲の方へ近づいていく。


……っ


あいつだ。


間違いない。


どうする。

誰も気づいていない。

距離もある。


――止められない。


そのとき。


視界の端に、まだ虫を探している俺が映る。


……これだ。


枝に、意識を叩き込む。


動け。


ぎし、と軋む。


ぽとり。


クワガタが落ちた。


「お! クワガタじゃん……」


拾い上げる。


そのまま、顔を上げる。


「あれ……?」


視線の先。


美咲と、その後ろにいる男。


男が手を伸ばそうとする。


――間に合え。


「美咲!」


クソガキの俺が走る。


勢いのまま、男の方へ突っ込む。


そして。


手に持っていたクワガタを、そのまま投げつけた。


「テメェ、何してんだ!」


男の顔に当たる。


「うわっ!?」


男が怯んだその隙に。


「離せ!」


無理やり、引き剥がす。


「行くぞ!」


美咲の手を引き、そのまま走る。


周囲がざわつく。


「先生ー!!」


声が上がる。


男が舌打ちして、後ずさる。


そして、そのまま走って逃げた。


――間に合った。


――――――――――


しばらくして、騒ぎは落ち着いた。


美咲も、無事だった。


その隣で、クソガキ――俺は、何事もなかったみたいな顔で立っている。


「……なんだったんだろうな、あいつ」


息が荒く、強がってるのが丸わかりだ。


美咲は、そんな様子を見て――


「……ありがと」


小さく、そう言った。


「は?」


……間の抜けた声を出しやがって。


「べ、別に……」


視線を逸らす。


「……さっきの、かっこよかったよ」


「はぁ!? なに言ってんだよ!」


顔を赤くして、そっぽを向く。 


……分かりやすいな。


そのまま、ふたりで歩き出す。


前みたいに追いかけ回すでもなく。


逃げられるでもなく。


少しだけ、隣に近い距離で。


その様子を、上から眺める。


風が吹く。

葉が、さわ、と揺れた。


……ああ。

もう、大丈夫。


――不思議とそう思えた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


少しでも何かが残る話になっていれば嬉しいです。

別の作品も書いていますので、よければそちらも読んでいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ