六
次は…
闇が口を開いた瞬間
空気がひっくり返るような沈黙が押し寄せた
音が消え
自分の呼吸すら遠くなる
足元の感覚が薄れ
重力がゆっくりと横へ傾いていく
慧斗は闇の中心から伸びる
白とも黒ともつかない手を見つめた
その形は人に似ているのに
“まとまり”がなく
まるで夢の中で見た人物の輪郭のように
ゆらゆらと揺れている
来て
声がした
少女のものではない
もっと古い
もっと土地の湿気に染みついた声
耳ではなく
骨の奥に直接降りてくる声だった
来い
来い
来い
無数の影が囁く
扉の奥には地面も壁もなく
ただ空間が続いている
見えるのは
浮かんでいる無数の“枠”
額縁のようでもあり
窓のようでもあり
そしてどれも
中が真っ黒で
何も見えない
少女が慧斗の袖を掴んだ
その手は冷たいのに
吸いつくように離れない
顔は歪んだ静けさのままこちらを見ている
選んで
少女は枠のひとつを指した
近づくほど
その枠の黒い面がざわざわと揺れ始め
まるで墨を流し込んだ水槽みたいに
濁って動き
やがてひとつの“景色”を映し始めた
それは
見覚えのある古い学校の廊下
夕暮れの光が差し込む
自分が中学時代に
誰にも言えなかった記憶が眠る場所だった
嫌な汗が背中を伝う
そこに映っているものは過去なのか
それとも
“観るべき記憶”なのか
少女がまた呟く
観ないなら
帰れない
慧斗の手の中で
鍵が震え始めた
呼応するように
扉の奥の枠の一つがさらに明るくなり
廊下の奥に立つ少年の影が浮かび上がる
自分だ
自分の後ろ姿だ
当時の制服
当時の鞄
当時の怯えた肩
その少年の背後に
もう一つの影が立っている
長い腕
曲がった首
顔のない黒い影
その影が
少年の肩へ手を伸ばす瞬間
少女が叫んだ
観て
慧斗は喉がひきつる感覚を覚えながら
枠の中へ手を伸ばしてしまった
触れた瞬間
景色が崩れ
音が戻り
地面が引きずられるように揺れた
過去の廊下へ
落ちていく
世界がひっくり返る前
少女の声だけが届いた
次は
真実だよ
真実やで…




