十五
ウォー
電車のガラスに映る自分の顔が、わずかに笑った
――そんなはずはない
俺は笑っていない
なのに映像だけが、ゆっくりと口角を吊り上げていく
やあ
映った俺が喋った
声は俺の声じゃない
低く、ざらついて、何層もの声が重なったような音
「……お前は誰や…」
ガラスの中の俺は、指を立てて招いた
おいで
おいで
と、子どもみたいに手招きする
ガラスの向こう側が、黒く揺れた
そこには“部屋”のような形があり、畳みたいな床が見える
昭和の匂いのする古い部屋
その中央に――あの本
夢乃本
「あかん…近づくな…!」
目をそらした
けど、視界の端でゆっくりと本が開いた
1ページ目
白紙
2ページ目
手書きの字が浮かび上がる
『君の声は、誰が持っている?』
「……は?」
その瞬間、スマホがバイブした
通知の表示
《録音データの保存が完了しました》
録音?
俺、録音なんてしてへん
再生ボタンが勝手に押された
スピーカーから
俺の声
じゃない
“誰か”が俺の声を真似して喋ってる
『助けて…僕や…ここから出られへん…』
電車がガタンと揺れた
同時に、車内の乗客全員の顔が一斉に俺のほうを向いた
目が
黒い
瞳孔だけじゃない
“全部が黒い穴”
黒い穴の群れが、無表情で俺を見つめてくる
その中の一人
スーツの男が口を開く
ガラスの中の俺と同じ笑い方で
「やあ。ページめくろか」
ページが勝手にめくれた
3ページ目の文字が浮かぶ
『次は、君の“姿”をもらうよ』
電車の明かりが一瞬消えた
点いたとき、俺の影が――
俺とは全く別の動きをしていた
笑いながら、ゆっくりと立ち上がり
俺の足元から離れていく
影が喋った
「ほな、交代や」
ウォー
ウォー




