十四
夢乃本の迷宮はもう戻れない領域へ沈んでいく
聞こえるのは “声” なのか “飢え” なのか
今回はより深い闇へ
気がついたら俺はまた別の場所に立っていた
薄暗い廊下
壁は黒カビと湿気でぐにゃぐにゃと波打って
天井の蛍光灯は明滅を繰り返している
生きているみたいに
足元には水
いや
水にしてはぬるい
俺はそっと指をつけた
ねばついた赤黒い液体が
指先から腕へ
逆流するように絡みつく
「うわッ!」
払っても取れない
手の甲を這う血管のように脈打っている
自分の心臓と同じリズムで
廊下の突き当たり
闇の奥から
くちゃっ くちゃぁ
と何かを咀嚼する音が聞こえた
誰かが食べている
だけど
食べられている音にも聞こえる
「……誰、か?」
声は震えていた
返事は来ないと思った
けど
来た
くちゃっ……
くちゃっ……
くちゃぁ……
そして
低く
湿った声が返ってきた
「まだ……足りへん……」
関西弁だった
それが妙にリアルで
脳の奥を凍らせた
「こっち……来いや……
喰わせて……くれや……」
その瞬間
廊下の灯りが全部消え
真っ暗になった
暗闇の中
“それ” が廊下の床を四つん這いで走る音が
バシャッ!バシャッ!と響く
赤黒い液体を跳ね飛ばしながら
一直線にこっちへ向かってくる
俺は走った
息が詰まりそうになるほど
ただ必死に
背中のすぐ後ろで
あれの指が床をかく音が追ってくる
ガリッガリッガリッ
「ま……てぇやぁ……!」
声はもうすぐ耳元だった
俺は壁の取っ手のようなものを見つけ
反射的に引いた
ガチャン!
ドアが開いた瞬間
黒い手が俺の服を掴んだ
冷たい
骨ばった
関西訛りで「喰わせろ」と囁く何かの手
「いやだ……っ!」
俺は全力で払った
指が服を裂き、皮膚をかすめた
熱い
血が出たのがわかる
その瞬間
扉の向こうの空間に
俺は吸い込まれた
直後
ドアは金属が歪む音とともに閉まり
あの声が廊下にこだました
「次は……逃がさへん……」
脈のように
重く
湿った響きで
次の領域は “戻れない” 領域
廊下にいた存在はまだ終わらない
さらに深く
夢乃本の本性に触れていく




