十一
今回からホラー描写を強めています。
「夢乃本」が“読者の影”を食べ始める段階。
読んだ瞬間、あなたの背中の奥がスッ…と冷たくなるような話にしています。
影が薄くなっていく──そんな感覚が一週間ほど前から続いていた。
電車に揺られながらスマホを見ていると、画面の端を黒い線のようなものが横切った。
指で払っても消えない。
その黒い線は、まるで“誰かの指”がスマホの裏から触れているようだった。
「……またかよ」
ため息をついた瞬間、車内のざわめきがスッ…と消えた。
周りを見た。
誰もいない。
いや、正確には──
人の影だけが残っている。
座席にも、つり革の下にも、人影が揺れているのに、肝心の“人”の姿が見えない。
「おーい……?」
声を出すと、影たちが一斉にこちらを向いた。
その中のひとつが、ゆっくりと立ち上がる。
影なのに、足音がした。
カツ…カツ…と、乾いた音が反響する。
「やあ」
影の形が“誰か”の姿に盛り上がり、輪郭が浮かび、
その中心に、黒い穴のような“顔の空洞”が開いた。
「やあ……ボクだよ」
耳の奥で聞いたあの声。
画面越しに囁いてきた、あの、正体不明のやつ。
「お前……何なんだよ」
返事の代わりに、影は胸のあたりから細長い紙片を引き抜いた。
“本の栞”に見えた。
その紙には、黒いインクで何かが書かれている。
『読め』
声ではなく、頭の中に直接流れ込む音。
知らず知らずのうちに、手が動く。
影が差し出した栞をつかんでしまった。
──その瞬間。
栞から黒い文字が飛び散り、
胸の奥に染み込むように消えていった。
心臓がドクン、と大きく跳ねる。
車内の影たちが、いっせいにささやいた。
「読んだ……」
「読んだ……」
「読んでしまったね……」
栞の最後の一文字が、ゆっくりと音を立てて動いた。
『キエロ』
次の瞬間──
視界の端から、自分の影がゆっくりと濃くなり、
足元から、“何か”が這い出してくる。
それは、自分と同じ形をした“黒い自分”。
影が笑った。
「ボクだよ。
やっと……入れかわる準備ができたね」
黒い自分が、こちらの足首を掴んだ。
触れられただけで、血が凍るような冷たさが走る。
「待て……!いやだ、まだ死にたくない!」
叫んだ瞬間、車内のアナウンスが流れた。
『次は──最終ページ。最終ページです』
電車が止まる。
扉が開く。
真っ暗な、底の見えない“ページの向こう側”が広がっていた。
影が囁く。
「さあ。読書の時間だよ」
自分の影が、ゆっくりとこちらを引きずり込もうとする。
足元から黒い文字が身体を這い上がり、
視界がインクに沈んでいく。
最後に見えたのは、真っ暗な扉だった。
扉には、たった一行だけ文字が刻まれていた。
『つづきを、書くのは君だ。』
影=読者の“もう一人の自分”というテーマで書きました。
ホラーを強めるため、音・影・空間の食い違いを増やしています。




