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ミヨリはアビスのことを語れて気持ちが高ぶると、魔王と向き合う。
頬をゆるめてニッコリと微笑みかけると、魔王の両目が細くなった。
その刹那、魔神が動いて神速の拳が打ち込まれ――――
カッと閃光。
ミヨリはダメージを受けることなく、その場に立ち続ける。
魔王のほうは半歩ほど後ずさって、低い唸り声をもらした。
:え? なに?
:なんだ……?
:速すぎて見えなかったけど、もしかしていま魔神がパンチした?
:なんか光ったか?
:ちょい待て! 魔王と魔神がまとっている闇のオーラが少しだけ薄くなってないか!
魔王とその背後に浮遊する魔神を包み込んでいる闇のオーラが、ほんのかすかにだが色褪せていた。
「あぁ、そういうこと」
ミヨリは薄笑いを浮かべると、左手を前に向けて伸ばす。足元の影へと視線を落とした。
「ボウちゃん、出番だよ」
呼びかけると、影のなかからズズズズズズッと浮かびあがってくる。それは漆黒に染まった二メートルほどの大弓だ。表面には、びっちりとたくさんの目と口がついており、生きているように動いている。
ミヨリは、身の丈よりも大きな弓を左手でつかみとる。
:なんか怖い弓が出てきたあああああああああ!
:ひええええええ!
:目と口がいっぱい……!
:お目がキョロキョロ、お口がパクパクしてて怖すぎる!
:ガイくんに続いて出てきたミヨリちゃんの不気味装備コレクション!
:相変わらずぜんぜんネーミングがあってねぇ!
影のなかに取り込んだ数多のモンスターたちを練りあげて生み出した大弓。そのおぞましさに、綾乃たちは慄然としている。ガイくんに肉体を操られたときのことを思い出した綾乃と小春はゾクリとしていた。
続けてミヨリは右手も前に伸ばす。そして今度は、影のなかから直剣くらいの大きさの黒い矢を取り出した。その黒い矢には、細かい筋が何本も浮かんでいて、ドックンドックンと脈打っている。
右手に握った黒い矢を弦に番えると、「ギイイイイイイイイイイイ!」と大弓についたたくさんの口から気が狂うような金切り声があがる。
「うひゃあああああ! な、なんだこの叫び声は……!」
「あ、頭が割れるようだ……!」
「……夢。夢。これは夢。ぜんぶ夢だよ。夢にちがいないよ。そうなんだよ……」
:なんだこの悲鳴!
:弓についてるたくさんの口が叫んどる!
:聞いてて頭がおかしくなりそうな叫び声!
:こえええええええ!
:矢もドックンドックンしてて怖い!
:小春ちゃんwwwww
:なんかブツブツ言ってるなwwww
:夢じゃないよ小春ちゃんwwwww
:しっかり現実を見ようねwwww
:現実を見たくないから夢だと思い込んで逃避しようとしてるんだよwwww
:ミ、ミヨリ! そんな騒音出したら近所迷惑だろ!(父より)
:近所迷惑ってなんだよwww
:仲間に迷惑はかけてるがwwww
:お父さんが壊れた洗濯機みたいにガタガタいってるwwww(母より)
:おとんガタガタwwww
:怖くて震えちゃってるのかwwww
ミヨリが漆黒の大弓を構えると、魔王は危険を察知して目を見開く。魔神が繰り出す神速の拳で、ミヨリを叩き潰そうとする。
弓矢を構えたまま、ミヨリは瞬時に足元の影から触手を生やす。目の前でカッと閃光が散る。神速の拳が弾かれて、魔王が後ずさった。
思ったとおり、魔王と魔神を包み込んでいる闇のオーラの輝きが薄まる。
:また闇のオーラが薄くなった!
:なんでだ!
:速すぎて目で追えないけど、たぶん魔王の拳をミヨリちゃんが触手で弾いたっぽい!
:それでチカッと光ってた!
:いつの間にかミヨリンの影から触手が生えてたのはそういうことか!
「気づいた人もいるようだね。あの闇のオーラは、魔神さんの拳を打ち払ったら薄まるみたいだよ。触手で叩いたら、チカッと閃光が起きていた。それでダメージは与えられないけど、相手の攻撃を弾くことはできるみたいだね」
:なるほど! そういうギミックだったのか!
:あの神速パンチをパリィしなきゃ闇のオーラは消せないのかよ!
:さっきも触手でパリィしてたけど、速すぎて見えなかったのか!
:だけどミヨリちゃん、どうしてそのことに気づけたんだ?
:そういえばなんでわかったんだろ?
なぜあの魔王の攻略方法がパリィであると看破できたのか? コメント欄に疑問が寄せられる。
予期していた質問が来ると、ミヨリは唇をほころばせて微笑んだ。
「攻撃を無効化されたとき、すぐにピンときたよ。アビスソフトからだいぶ前に発売された『ダンジョンソウル』っていうゲームがあるんだけど、それに似たようなザコ敵がいたからね。あのザコ敵は、パリィしないとダメージを与えられないザコ敵だった。だから、あのザコ敵と同じギミックだって気づけたよ。ザコ敵だから、ギミックさえわかっちゃえば瞬殺できるよ。しょせんザコ敵だからね」
:やっぱりゲームだったwwww
:すげぇドヤ顔wwww
:めっちゃ強い魔王様がザコ敵と同じ扱いwww
:ザコ敵言うなwwwww
:ザコ敵ザコ敵って言いすぎだろwww
:どんだけザコ敵って連呼すんだwwwww
:魔王様の格が落ちる発言やめいwwww
:魔王様「え? ワシってザコ敵と同じ扱いなん?」
:ていうかマジでアビスのおかげで勝機を見出しとる!
:これがアビスの力……!
:いやいやいや! 見出したところであんな神速の超威力パンチを弾くとか不可能だかんな!
:ミヨリちゃんじゃなきゃ無理ゲーすぎる!
:ミヨリはゲームでパリィしようとしたら、ほとんどミスってダメージもらうわねwwww(母より)
:パリィ下手なのにパリィしたがるのかよwwww
:だからぜんぜんボスが倒せないのかwwww
:ワイと一緒やんけwwww
:俺もやんなきゃいいのにパリィしようとして、ダメージ受けちゃうwwww
質問に答えると、コメントの流れが加速して盛りあがる。
ミヨリは唇の端を持ちあげると、スマホ画面を見ていた目を魔王へと向ける。
視線が合うと、魔王は身を震わせた。
ミヨリに対して、脅威を感じている。そのことが手に取るようにわかる。
「オオオオオオオオオオオオ…………!」
魔王が憤怒の形相で雄叫びを轟かせる。戦意が増大した魔神が、三十六本の腕から全力で拳を放ってきた。
神速によって、千を超える打撃が一瞬で叩き込まれる。
ミヨリは漆黒の大弓を構えたまま、影のなかから何本もの触手を生やす。全ての触手をしならせて、打ち込まれる拳をことごとく払い除けていく。
両者の間で無数の閃光が弾け、激しい明滅が繰り返され、炸裂音が響き渡る。
:花火みたいにめっちゃ閃光が散ってる!
:ぜんぜん見えないけど速すぎるパンチを打ちまくってんのか!
:ミヨリちゃんに当たらねええええええええええ!!!
:ぜんぶ触手でパリィしまくってんの!
:すげええええええええええええええええええ!!!
:まるで神話の戦いを見ているようだ……!
:ゲームじゃパリィできないのに、現実ではパリィしまくるやべぇ女!
:魔王と魔神を包んでる闇のオーラが……!
巨大な魔神が繰り出す拳の連撃を触手で弾きまくると、闇のオーラがその輝きを失っていく。
一際強い手応えを感じると、最後の閃光が散った。
魔王が弾き飛ばされ、背後にいる魔神も後退して仰け反る。その身を包み、無敵たらしめていた闇のオーラが完全に消失する。
ミヨリは微笑を浮かべながら魔王を見据えて、引き絞った黒い矢で狙いをつける。
「それじゃあボウちゃん、めしあがれ」
ヒュンと音を立てて発射される。
宙に放たれると、黒い矢は光り出した。
暗色の光彩を帯びていき、一本だった黒い矢が拡散するように分裂する。百を超える流星雨となって、数多の光の線を描きながら飛んでいく。
:どええええええええええええええええええ!
:矢が無数に分裂したあああああああああああああああ!
:なんだあの数はあああああああああああああ!
放たれた無数の矢が、魔王と魔神に突き刺さる。
命中すると、全ての矢は形を崩して溶けていき、黒々とした液状のものになって、魔王の肉体や魔神の巨体にへばりつく。
黒い影だ。溶解した無数の矢は黒い影になって、魔王と魔神の全身を塗り潰しながら侵食していき、むさぼり食らう。
魔王は悲鳴をあげて身もだえし、魔神は己の巨体を両手で掻きむしる。だが、染みついた影は剥がれることなく対象を苛み続ける。
:分裂して刺さった矢が黒い影になった!
:たくさんの影が魔王と魔神にくっついてる!
:魔王が苦しんでるけど、あれもしかして影に食べられてる?
:あのデカイ魔神も食われてるっぽい!
:ぶっ刺さった矢が影になって食べてくるとかヤバすぎだろおおおおおおおお!
:鳥肌止まらんねぇええええええええええ!
:画面見てて、リアルにえづいちまったよ!
:一緒に配信を見てた妹が泣き出した!
:うちは母親が「見ちゃダメ!」って言って妹を連れてった!
:あまりにもヤバイ絵面にワイ脳が消し飛ぶ!
:ああああああああああああ! 神いいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!(大親友)
:シュビボバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!(先生)
:先生が死ぬときの敵キャラみたいになってんぞ!
:……ミ、ミ……ヨ…………おま……な……ん…………(父より)
:お父さん天井を見あげながら何か喋ろうとしてるけど喋れないwwww(母より)
:おとん喋れなくなった!
:ワイもいまそんな感じ!
:ほとんどの視聴者がおとん状態!
魔王と魔神は絶叫をあげながら身体を揺さぶるが、振り払おうとしても付着した影たちが離れることはない。影たちは速やかに獲物を侵食し、その肉体を虫食い状態にしていく。
魔王と魔神は影に食われていき、断末魔の叫び声を響かせて、跡形もなく消滅していった。
最深部のボスが、消えてなくなる。それをその目で見ていた綾乃と玲奈は恐怖のあまり動けなくなる。小春はガクリと膝から崩れると、「はは、ははははは……」と顔をこわばらせて笑っていた。
ミヨリは右手に握った漆黒の大弓を影のなかに落として仕舞うと、頭上にあるドローンカメラを見あげる。
「ラスボスの魔王を撃破したから、これで伝説のダンジョン『常闇の迷宮』の攻略完了だね」
にこりと微笑みかける。
数秒ほど、コメント欄が止まって反応がなかった。でもすぐに、怒濤の勢いで大量のコメントが押し寄せてくる。
:マジでやりやがったあああああああああああああああ!!!!
:魔王を倒したあああああああああああああああああああああ!!!
:すげえええええええええええええええええええええええええええ!!!
¥50000:やはりミヨリ様が真の魔王でしたか!
¥50000:魔王を超越した魔王!
¥50000:魔王は二人もいらない!
¥50000:ミヨリさまああああああああああああああ!
¥50000:ホントに伝説のダンジョンを攻略しやがったああああああああ!
¥50000:もうミヨリ様に忠誠を誓うしかあるまい!
超スピードでたくさんの書き込みが流れていき、途中からスパチャが投げられまくって、コメント欄が真っ赤に染まっていった。
:み、みなさん! 落ち着いて! 頼むから落ち着いてくれえええええええええ!(父より)
:おとんwww
:赤スパきまくっておかしくなってるwwww
:おとんが落ち着けwwww
:オッシャオラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!(母より)
:おかんwwww
:たくさん赤スパもらえて誰よりも喜んでるおかんwwww
:ミヨリちゃんは神だよ! 魔王なんて相手にならないよ! 神だからね! ミヨリちゃん人形たちもそう言ってるよ!(大親友)
:だからミヨリちゃん人形ってなんだよ定期wwww
:人形は喋りませんwwww
:はぁああああああ! もうダメェェェ! しゅぴしゅぴしゅぴ! この配信を見返すだけで無限に白飯食べられちゃううううううううう!(先生)
:ミヨリちゃんの配信をオカズに白飯食うなwwww
:先生にとってはミヨリちゃんの配信を見ることが一番の栄養摂取なのでwwww
:魔王が影に食われたってことは、ミヨリンが取り込んだってこと?
:↑たぶんそう! 魔王様もミヨリちゃんに取り込まれた!
:魔王さえ取り込んでしまったやべぇ女……!
:ラスボスを超えたラスボス!
¥50000 魔王様:女の子たちのゆる~い雑談配信やってるって聞いたけど、ここであっとる?
:↑オイやめろwwww
:あってるwwww
:あってねぇよwwww
:違いますwwww
:たぶん別のところですwwww
:アンタさっきミヨリちゃんに食べられただろwwww
:さっそく「魔王を食ったやべぇ女」がトレンド入りしてて大草原!
:てか同接が百万いってるうううううううう!
:ホンマや!
:ミヨリ様のチャンネル登録者数のほうも300万人を突破したどおおおおおお!
「同接が百万……! チャンネル登録者数300万人……!」
一斉に流れ込んできた情報の洪水に、ミヨリは頭がパンクしそうになる。見たことないほど赤スパがきまくってるだけでも変な汗が出そうなのに、同接が百万にまで達していた。それに加えて、チャンネル登録者数が300万人を突破したと聞いて、ビクッとしてしまう。
「こ、こっちも同接とチャンネル登録者数が激増してて、さっきから赤スパがずっと流れ続けてる……!」
綾乃の配信も、なんだかいろいろとすごいことになっているようで、取り出したスマホを握る手が震えていた。
「うへ、うへへへへ。夢じゃありませんように……」
:小春ちゃんwwwww
:さっきまで夢に違いないって言ってたのにwwww
:なんて現金なんだwwww
正気を失いかけていた小春だったが、同接がかなり増えたようで、スマホを取り出すとキモイ笑い方をしていた。
『常闇の迷宮』を攻略した偉業に、ネットはお祭り騒ぎになっているようだ。




