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「……あの」
「うひゃああ!」
声をかけたら、綾乃が仰け反って悲鳴をあげてきた。いくらなんでも過敏に反応しすぎではないだろうか?
なんだかこの人疲れるな、と思いつつミヨリは話を進める。
「もう少しで告知していた時間になるから、配信を始めてもいいかな?」
「も、もちろんだとも……!」
ガクガクと震えながら綾乃は頷いた。身体は仰け反ったままだ。
ミヨリはドローンカメラを室内で飛ばすと、スマホをアームバンドで左腕に固定する。
今日は自己紹介も兼ねた大事な配信だ。まちがいなくたくさんの人が見に来てくれると千紗が太鼓判を押していた。
いつもの配信より何倍も緊張する。本当にたくさんの人が見に来てくれるのか心配になってきた。なるべく多くの人に自分の配信を見てもらいたいと前から思っていたはずなのに、いざそのときが来たら心臓が破裂しそうだ。
ソワソワとしていると、いつの間にか告知していた時間になっていた。
視聴者がいるなら待たせるわけにはいかない。
覚悟を決めると、スマホ画面に表示された『配信開始』をタップする。
その瞬間……。
:うおおおおおおおお!
:切り抜きで見たとおりだあああああ!
:かわいい!
:ちっちゃくてかわいい!
:ホンモンだぁ~!
:本物のやべぇ子ちゃんだ!
「……!」
スマホ画面に大量のコメントが流れ出してビクッとなる。
:ビクッとしててかわいい!
:ムラサメちゃんもいる!
:ムラサメちゃん私服姿だ!
:ガチでシルバーダスクの事務所やんけ!
:ムラサメちゃんなんか顔色悪くない?
:そりゃ泡吹かされたやべぇ子が目の前にいるからなwww
見たことないスピードでコメントが書き込まれていく。
探索者として強化された動体視力でその全てを目で追えているが、こんなにたくさんコメントをもらったのは初めてだから軽くパニックになってしまう。
いったん落ち着くために、深呼吸をする。
……よし、落ち着いた。
もう一度スマホの画面を見てみると、なんといきなり同接が一万を超えていた。
「……やっぱり落ち着けない!」
:ん?
:いきなりどうしたwww
:視聴者数の多さに慌ててんじゃね?
:あっ、そういうことww
いけない。開始早々につまづいてしまった。
まずは予定していたとおり、自己紹介からしないと。冷静になってやれば大丈夫なはずだ。
「は、はじめまいて、宮本ミヨリです。個人で探索者をやっています」
:はじめまいてwwww
:声震えててかわいい!
:まずは落ち着いて!
:やっぱり落ち着けないんだってwww
:素数だ! 素数を数えろ!
:大丈夫だよ、ミヨリちゃん! いつもどおりにやれば!(大親友)
コメントの数に頭のなかがボーッとしてわけわかんなくなるが、フリーズするわけにはいかない。
あらかじめ考えておいたセリフを喋っていく。
「今日はシルバーダスクの事務所にお邪魔しています。このまえムラサメちゃんを助けたことで招待されました」
:めっちゃ棒読みで草
:小学生が作文読んでるみたいでかわいい!
:ははあ~ん! さてはこのセリフ、あらかじめ考えていたな!
:やめろ推理するんじゃない!
棒読みすぎたせいで、考えていたセリフだと速攻でバレた。
自身の演技力なさに内心で肩を落としつつ、ミヨリは向かい側にいる綾乃に目線でパスを送る。
綾乃はハッとする。カメラの前で改めてお礼を伝えるために配信に出ていることを思い出したみたいだ。
綾乃は居住まいを正すと、感謝の気持ちを言葉にしてきた。
「あ、あの、あのときは……助けてもらって、ほ、ほ、ほんとに、ホントに助かっ……助かったぁ!」
:ムラサメちゃん感情バグってて草
:ムラサメちゃんも落ち着こうねwww
:二人とも緊張しててかわいいwwww
「ぐっ……」
うまく喋れなかったので、綾乃は小さな声で唸る。
その間も同接が一万三千、一万四千ともの凄いスピードで増加していく。チラチラとスマホ画面を確認していたミヨリは、見たことない数字に冷や汗が止まらない。
メンタルが持たなくなる前に進行しないと。
「せっかくだから、今日はわたしのことをみんなに知ってもらえたらと思っているんだ。なにか質問あるかな?」
まだ若干声を震わせつつ、コメントからの質問を受け付ける。
:本当はいくつなの? ムラサメちゃんと同い年とは思えないくらい小さいね!
:ムラサメちゃんをボコったときの感想は?
:何個かつまんない動画配信してたけどなんで?
無数の質問が書き込まれていく。それを見ているだけで頭がクラクラする。
そのなかから、一つのコメントが目についた。
:どうして探索者になったの?
「最初はこれがいいかな。どうしてわたしが探索者になったのか」
リスナーからの質問を拾いあげると、ミヨリは微笑んで答えていく。
「よくあるパターンっていうか、そんなに珍しいことじゃないんだけどね。わたしも他の探索者に憧れて、探索者になったんだよ。ダンジョンで冒険しているところを見て、かっこいいと思って、あの人みたいになりたいって子供の頃に憧れて探索者になったんだ」
:あ~、あるある!
:探索者になる人のよく聞く話だな!
:俺も先輩の探索者に憧れて探索者になったなぁ~
:探索者じゃないけど配信でダンジョン攻略してるところを見ると憧れる!
:モンスターと戦ってる姿を見るとかっこいいと思っちゃうよね!
大勢の視聴者から共感を得ることができた。みんな探索者に憧れを抱くことが多いようだ。
そして共感を得たのは視聴者だけでない。そばにいた綾乃も視聴者と同じ気持ちなった。綾乃も探索者たちの配信を見て、憧れを持つようになった一人だ。
この子もわたしと同じなんだな……。
そのことがわかると、胸のなかをかき乱していたミヨリへの恐怖心が薄らいでいった。
ミヨリは視聴者から好反応をもらえて頬がゆるむ。こういった話をするのは千紗しかいなかったので、いろんな人達と感情を共有できてうれしい。
胸に秘めていた想いを、もっと打ち明けていく。
「あの人との出会いが、わたしの人生を変えてくれたんだよ。どんな強敵にも臆さずに挑んでいく、かっこいい人。わたしもあの人みたいになりたいって思ったんだ。憧れの探索者、『ダンジョンブラッド』の黒野スミレちゃんみたいにね」
:……ん?
:え……?
:……いや、待て待て!
:いまなんっつた?
「え? ダンジョンブラッド……?」
一気にコメント欄が戸惑いに染まっていく。目の前にいる綾乃も戸惑っていた。
「ダンジョンブラッドは、わたしが子供の頃に大好きだったゲームだよ」
それを口にした瞬間、コメント欄が沸いた。
:今までの話ぜんぶゲームかよwwww
:真面目に聞き入ってしまったわwwww
:俺も先輩に憧れて探索者になったなぁ~、って昔を懐かしんでいた時間を返してくださいwww
:隣にいるムラサメちゃんがガクゼンとしてて草
コメントの流れが加速する。そして向かい側にいる綾乃が口を開けたまま硬直していた。
そういえば千紗にはじめてこの話をしたときも、似たような反応だった。
:ダンジョンブラッドってどんなゲーム?
:だいぶ前に探索者をモチーフにして制作されたゲーム
:制作したのがアビスソフトってところで、とんがったゲームばかりつくってる会社だな
:アビスはゲーマーの間ではイカれたメーカーで有名だよ
:だからダンジョンブラッドも一部でカルト的な人気がある
:そのダンジョンブラッドに出てくるのが黒野スミレ
:黒髪美人で漆黒のローブをまとってる!
:黒野スミレはゲーム内でもトップクラスの強キャラだよ!
:そういえばやべぇ子ちゃんもダンジョンでは黒いローブを着てたな
:あれ黒野スミレの装備を真似てたのか!
ダンジョンブラッドのことについてコメントが盛りあがっていた。
自分の大好きだったゲームのことを多くの人達に語ってもらえて、少しだけ興奮する。身体の奥から喜びがあふれてくるようだ。
「……真面目に聞いてたのに」
ソファーに腰を沈めた綾乃が、空虚な表情をしてボソッとつぶやいた。
何かがっかりさせてしまったようだ。でも今は配信に集中しよう。
「憧れの黒野スミレちゃんのようにダンジョン攻略するところを、たくさんの人達に見てもらいたくて配信を始めたんだ。わたしがダンジョンブラッドで冒険の楽しさを教えてもらったように、みんなにも冒険の楽しさを届けたくてね」
:ミヨリちゃんめっちゃ早口になってて草
:活き活きしてんなwwww
:オタ友が推しについて語ってるときだいたいこんな感じwww
:本気で好きだってのが伝わってくるwwww
「わたしの実力はスミレちゃんに比べればまだまだだけど、これからもがんばって配信していくつもりだよ」
:もう十分強いですwww
:ムラサメちゃんの攻撃を完全回避して泡吹かせてたからね!
:てかマジでゲームキャラに憧れて探索者になったのか!
:イ カ れ て る
:やべぇ子だとは思っていたけど、ガチのやべぇ子だったwww
:いいだろゲームキャラに憧れてもwwww
:みんなアニメや漫画のキャラに憧れたことあるだろwwww
:それで命の危険があるダンジョンにもぐるのはどうなんだ?
コメント欄に様々な意見が飛び交う。やっぱりこの話をすると、みんなを驚かせてしまうようだ。




